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ライフ #ごみ収集の現場から

ごみを「直接埋立て」も90年代の東京の衝撃光景 残余年数50年超も東京港にはもう埋立て場所なし

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  • 藤井 誠一郎 立教大学コミュニティ福祉学部教授
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また、生ごみもそのまま埋められていたため、地中で発酵しメタンガスが発生し、それに起因する火事も頻発していた。その対策としてメタンガスをごみの中から抜くためのパイプを打ち込み、ガスを抜いていた。なお、現在もガス抜きは続いている。

1992年。ガス抜き管からメタンガスが出ている様子。次から次に搬入されるごみと、ごみの発酵により生じたメタンガスがパイプから噴き出ている。ガス抜き管は60mぐらいの間隔で160本程度差し込まれている(東京都提供)

当時の最終処分場での埋立ての様子

当時の最終処分場で働く清掃職員の職場は過酷な現場であった。現在では埋立処分場には人の姿はほとんど見かけられないが、当時は続々と入ってくる清掃車を誘導し、ごみの種類別に決められた「開け場」に降ろすために誘導する清掃職員が立っていた。清掃車の運転手はその指示を受けながら積んできたごみを指定の「開け場」に降ろしていた。

1987年。誘導する清掃職員に指示された「開け場」にごみを降ろす様子(写真:東京都提供)

この誘導の職員の業務は、電気も水道もない場所での勤務なので、激務であったのは言うまでもない。まず強烈なのが「異臭」である。次々入ってくる清掃車を立って誘導していた。

次に夏の暑さと冬の寒さだ。夏はまったく日除けがない場所に立って誘導するため、熱中症になる作業員もいた。冬は海からの風が吹きつけ、凍えそうな中で誘導していた。誘導はそれほど体を動かさないので、温まらず、防寒具を着て耐え忍ぶしかなかった。さらには、ごみから発生する蝿の襲来に悩まされる状況にもあった。

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