軍医と翻訳と小説執筆という多忙な日々のなかで、ガーデニングの趣味を手放さなかった森鴎外。むしろガーデニングに凝るようなマメさがあったからこそ、気の遠くなるような海外文学の翻訳や、歴史上の人物の史伝の執筆といった作業を、きちんと完遂できたのかもしれない。
ちなみに鴎外の園芸趣味について詳しい『鴎外の花暦』(青木宏一郎、養賢堂)のなかで、鴎外が園芸について語った文章が紹介されている。鴎外は、変わった花を自分は育てたいわけではないのだ、園芸のプロになりたいわけではないのだから、と語ったという。ただ、できるだけたくさんの草花が自然に育つような庭をつくりたいのだ――そう随筆に書いていた。
森鴎外の作品には植物の描写が多い
考えてみれば、鴎外の作品には、花をはじめとして植物の描写がたくさん出てくる。
ちょうど岩の面(おもて)に朝日が一面にさしている。安寿は畳なり合った岩の、風化した間に根をおろして、小さい菫の咲いているのを見つけた。そしてそれを指さして厨子王に見せて言った。「ごらん。もう春になるのね」
(『山椒大夫』初出1915年、『日本の文学 3 森鴎外(二)』所収、中央公論新社)
小さな菫を小説に登場させるならば、その菫を自分の目で確かめておきたい。そんな鴎外の植物に対するささいなこだわりが、牧野富太郎との仲を取り持ったのだろう。
それにしても、相談相手が東大の植物学者って、小説のアドバイザーにしては、かなりぜいたくな相談相手である。
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