あの財界幹部が「11センチヒール」を履くワケ 驚嘆!吉田晴乃のブルドーザー人生

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慶應義塾大学文学部卒業。カナダの通信会社を経て、NTTアメリカのニューヨーク事務所で実績を上げ、日本に帰国後はNTTコミュニケーションズの営業課長、ベライゾンビジネス日本法人の営業本部長などを歴任。2012年からBTジャパン社長(撮影:今井康一)
経団連が発足して今年で59年。初めての女性役員が誕生する――。2月、英通信会社BTの日本法人BTジャパンの吉田晴乃社長が、審議員会副議長に内定した。理事会承認を経て、6月に就任する予定だ。榊原定征会長は記者会見の場で「今回の人事で女性登用の動きがさらに広がることを期待したい」と話し、吉田氏への期待の大きさを表明した。
吉田氏は1990年代にカナダの通信会社に勤務して以来、北米と日本を行き来しながら、ダイナミックに変化し続ける通信業界で活躍してきた。そして、一人の娘を持つ母でもある。ワーキングマザーとしてこれまでのキャリアをどう築いてきたのか。日本の経済界をリードする立場に就き、働く女性たちにどのようなメッセ-ジを発信していくのか。吉田氏は、BTジャパンのショールームに並んだ同社製品について一通りの説明をした後、さっそうと席に着いた。こちらがインタビューの趣旨を伝えると、開口一番に飛び出したのは愛娘の話だった。

「この20年は本当に長かった」

昨年11月で娘が20歳になったんですよ。今はカナダの大学に通っているので、夏休みに帰国したときに振袖を着せて、家族で食事をしました。真夏に振袖を着て汗をダラダラかいている娘の横で、私は一人で涙ボロボロ。「この20年、本当に長かったな」って感慨に浸って思わず号泣してしまったんです。海外で暮らしていたこともあって、彼女には七五三もしてあげられなかった。だから成人式はきちんとしたかったんです。

――結婚してカナダに渡った後、カナダの通信会社でワーキングマザーとしての第一歩を歩み始めた。その後、シングルマザーとして母娘でニューヨークに渡る。子育てをしながら今のキャリアを積んでこられるにあたっては、相当な苦労があったのでは?

20歳を迎えて「ようやくここまで来たか」って思えました。本当に大変だった。でもね、彼女は企業でインターンシップも経験して、今、私から仕事の話を聞くことにとても興味を持ち始めている。2人で大人の女性の会話ができるようになったんです。ワインを片手にね。なんて楽しい時代が来たことでしょう!

もちろんあの頃は、こんな日が来るなんて想像もしていませんでした。負い目を感じながら、悲しい経験もたくさんして、もうボロキレのようでした。仕事に忙しい私を見ていた娘は「ママは大変なんだから、文句を言ってはいけない」と言いたいことを溜め込んでいたのかもしれません。精神のバランスを崩してしまった時期もありました。反抗期には「母の日なんて大嫌い」なんて言われたこともありましたね。

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