谷川浩司「藤井聡太の"圧倒的強さ"に思うこと」 十七世名人が語る「強さの根源と自身との違い」

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谷川浩司十七世名人
「21歳2カ月」。谷川浩司十七世名人にとって特別な数字だ(筆者撮影)
強さの前に年齢は関係ない――。将棋界はまさにその言葉が明確に現れる。藤井聡太竜王は20歳にして将棋界の5つのタイトルを持ち、棋界第一人者としての地位に立つ。そして今も技術面、精神面での進化は続いている。
その様子を冷静に見つめるのが、史上最年少名人の記録を持つ谷川浩司十七世名人だ。谷川は『藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道』(講談社+α新書)の中で、藤井の強さの根源を探り、勝負師、研究者、芸術家という三面から棋士とは何かを分析する。後進の圧倒的な才能、そしてAIという新しい技術が現れたとき、これまで歴史を築いてきた者たちはどう思い、対峙するのか。谷川氏に聞く。(以下、敬称略)

「史上最年少名人獲得」という記録への思い

今回、谷川にインタビューするにあたり、聞きたいことがあった。谷川自身が自著の中でも触れているが、40年前に自身がつくった史上最年少名人獲得の記録《21歳2カ月》を、藤井聡太竜王に更新される可能性についてだった。

谷川は史上2人目の中学生棋士としてデビューしたときから、将棋界の次代を担う棋士として注目された。序盤戦はまだ荒削りだったが抜群の終盤力を持ち、それまでの将棋にはなかったスピード感を盤上にもたらした。やがてその棋風は“光速流”と呼ばれ、現代将棋のスタイルを変えていく。以降、トップ棋士として将棋界の最前線を歩んできた。

名人の最年少記録というのは、将棋界の記録の中でも特別な意味を持つ。それは獲得するのが最も難しいタイトルだからである。挑戦するには、5つに分けられた順位戦と呼ばれるリーグを下から勝ち上がり、最上位にあるA級10人の枠に入らなければいけない。下位のクラスには約50人の棋士がおり、その中で昇級できるのは1年に3人という厳しさである。

この棋界のピラミッドを上り詰め、挑戦権を獲得するには最速でも5年はかかる。タイトル99期を獲得した羽生善治九段でも、初めて名人位についたのは23歳8カ月であり、谷川以前の記録は中原誠十六世名人の24歳9カ月だった。谷川が自身の記録を誇りに感じていても不思議はない。

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