谷川浩司「藤井聡太の"圧倒的強さ"に思うこと」 十七世名人が語る「強さの根源と自身との違い」

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現在、ほとんどの棋士にとってAIを使った研究は避けられないものとなった。ベテランの棋士にとっては、長年培った自らの経験がAIに否定されることも多い。それは谷川でも例外ではなかった。

谷川浩司十七世名人
谷川浩司十七世名人(筆者撮影)

「最初の頃はいろんなショックがありました。AIが示す手を見るのも嫌な時期があったわけです。今ではそういうわけにもいかなく、AIが評価・推奨する手を見てしまいますが、人間は安易なほうにいくと、どんどんそちらに流されてしまう。本来はまず自分の力で考えて、自分なりの結論を出さなくてはならないのですが。

羽生さんの世代が今でもトップクラスで戦っているのは、20代の頃の蓄積、今の藤井さんと同じなんですけど、序盤から1時間、2時間と考えてきた財産が大きいと思います。10代、20代の棋士がAIでの研究を偏重した結果、30代でどうなるかというのは、そのときが来ないとわからない。でも、やっぱり自分の力で考えてきた人が、30代になっても勝ち残っていけるような世界であってほしいです」

一方が勝ちっぱなしで終わることはない

トップ棋士が藤井と対戦するにあたり、「なりふり構わずにいく」(永瀬拓矢王座)、「弱者の戦い方(相手の負けパターンを研究して挑むこと)」(渡辺明名人)といった言葉を残している。谷川がそこまで追い込まれて対戦したことはあったのだろうか。

「私が30歳、31歳のときに、羽生さんにタイトル戦で7連敗したんです。最後のほうはやはり追い詰められているというか、羽生さんならどう指すだろうかとか、意識しすぎるあまり自分の良さを見失っていた可能性はある。

7連敗で止まったのは、七冠を一度阻止したときでしたが、結局、翌年の王将戦で負けて七冠を許してしまいました。でも、そのことでちょっと吹っ切れたんです。タイトルを失ったことで羽生さんのことを考えるよりも、精進して100%の力を出すことを考えた。そして、負けたらまた勉強すればいいんだと思えるようになりました」

苦手とした相手を克服した例として、加藤一二三九段は、中原との対戦で初期に20連敗を喫したが、後年は互角に戦い、名人位を奪取している。谷川自身も羽生の前に無冠になったが、数年後に名人と竜王を奪取した。

「過去の歴史を紐解いてみても、一方が勝ちっぱなしで終わるということはない。棋士人生は長いので、トータルで差がついたとしても、雪辱する機会はあった。ただ、今の藤井さんがタイトル戦で負ける姿がイメージできない。誰か一人でも番勝負で勝てば、変わってくるのでしょうが。気持ちの面は大きいと思います。

豊島さん(将之九段)などは、戦い方を変えようとしているようなところもありますし、そこで結果を残せていない時期なのかもしれません。うまくクリアすれば、もう1つ上の段階に上がっていけるのかなという気がしていますけれども」

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