「ルフィ」強盗事件、「悪党の天国」にしたのは誰か 上から目線でフィリピンを指弾するのはたやすいが

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それでは、なぜフィリピンの刑事司法はまっとうに機能しないのだろうか。

それは、途上国一般の事情として警官、検察官、刑務官、裁判官らの司法関係者をはじめとする公務員の給与が安く、それだけでは十分に生活できない状況がある。

給料の不足を権力で補う

為政者からすれば、給料は安いが、権力を与えているのだからそれで何とかしろという暗黙の含意があるともいえる。警官が交通違反者に賄賂を要求する姿は途上国ではよく見かける。裁判官も時に買収される。

私が社会部記者だった時に、暴力団員が航空機内に手榴弾を持ち込んで爆発させ、あわや墜落という事件がありフィリピンに出張した。現職や元職の警官、兵士らが関与していたこともあり、「元警官の犯行か」といった仮見出しを付けて原稿を送っていたが、地元の新聞では警官や兵士を見出しにとるケースはまれだった。誘拐や強盗といった犯罪に警官や兵士がからんでいても地元ではニュース価値がないことにしばらくして気づいた。

むしろ、こうした犯罪に手を染めるのは、銃器類の扱いに慣れていたり訓練を受けたりする警官や兵士であり、銃器も支給されているから珍しくはないというのだ。

ドゥテルテ前大統領は、任期中に警官と兵士の給与を倍に引き上げた。現在初任給は3万ペソ(約7万円)ほどとなり、一般の会社員より待遇はよくなったが、長年にわたり賄賂を当然視してきた悪習が一朝一夕に消えることはない。

途上国一般のこうした状況に加え、司法の機能不全の背景にはフィリピン特有の事情も垣間見える。罪に対する社会の寛容さ、当事者の悪びれなさが他国に比べても際立っているように思えるのだ。

国民の大多数を占めるカトリック教徒の「懺悔すれば赦される」といった精神が関係しているかもしれない。現場の公務員はもとより、政府の上層部からしてそうなのだ。

例えばマルコス大統領の母イメルダ氏は、不正蓄財などの罪で有罪判決を受けて保釈中の身だが、公衆の前に出ることに臆することもない。ファンポンセ・エンリレ元国防相は汚職で逮捕されたものの高齢を理由に釈放され、現在は大統領の法律顧問に収まっている。マルコス大統領自身、2030億ペソ(約4800億円)の相続税を未納のままだが、反マルコス派の人々を除けば、大多数の国民は気にする素振りもない。

政治家や公務員に限らず、国民の間にも「罪はあっても罰はなし」という不処罰の文化が根を張り、汚職や賄賂の広がりを助長しているように見受けられる。

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