「ルフィ」強盗事件、「悪党の天国」にしたのは誰か 上から目線でフィリピンを指弾するのはたやすいが

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発端は2022年10月3日夜、マニラ首都圏ラスピニャス市の住宅街の入り口で、帰宅中のジャーナリストのパーシバル・マバサ氏がバイクに乗った2人組に射殺された事件だった。ラジオ番組の人気キャスターでつねづね、ドゥテルテ前大統領やマルコス現大統領ら権力者を批判することで有名な人物だった。

マバサ氏殺害の実行犯は同月17日に逮捕された。近くの防犯カメラに映った自身の姿が公開されたために逃げ切れないと観念して出頭した。その男はモンテンルパ刑務所に収容されている仲介者から、55万ペソの報酬で殺害を依頼されたと供述したが、翌18日、この仲介者は刑務所内で不審死を遂げた。窒息死だった。

いわくつきの矯正局長

司法省は、国内の刑務所を統括するジェラルド・バンタグ矯正局長をマバサ殺しと仲介者殺害の容疑者として告発し、職を解いた。バンタグ氏の管理下にあった刑務所では、収監中の「麻薬王」らが相次いで死亡しており、マバサ氏はラジオでバンタグ氏の関与を指摘するとともに、矯正局長になってから豪勢な自宅に11台の車を所有するようになった汚職高官としても批判、豪邸を撮影するなどしていた。

バンタグ氏が解任された後、後任者がモンテンルパ刑務所を検査したところ、局長宿舎のプールの地下30メートルに長さ約200メートルにわたる未完成のトンネルが発見された。脱獄や禁制品の大量搬入も可能な規模だ。バンタグ氏は「潜水救助の訓練用」「山下財宝を探すため」などと弁明しているという。

さらに収容施設の1棟を抜き打ち検査したところ、携帯電話1142台のほか、銃器や刃物など武器類1324丁が押収された。缶ビール7512缶、現金5万5000ペソ、タバコ1019本、麻薬なども見つかった。まさに無法地帯の様相である。

バンタグ氏の矯正局長起用は当初から疑問視されていた。過去に首都圏で5カ所の刑務所長を務めてきたが、その間に未成年者の殺害を企てたり、飲食店で代金を払わずに発砲して起訴されたりしていた。

パラニャーケ刑務所時代には所長室で手榴弾が爆発し、10人の収容者が死亡する事件も起きていた。選任に際してドゥテルテ前大統領は「スキャンダルまみれの矯正局を管理できる『聖人』は見当たらなかった」と言い訳していた。

こうした司法現場の実態を知る大多数のフィリピン人にとって、日本人収容者が入管施設から携帯電話で日本に犯行を指示していたことなどさほどの驚きではない。ニュースとすれば、日本メディアが押しかけていることや司法省が対応に追われていることなのだ。

今回のビクータン収容所も日本のメディアが押しかけてから、抜き打ち検査をして収容者から携帯電話などを没収していたが、収容者が携帯電話を使っていることなど職員はみんな知っていたし、ほとぼりが冷めれば必ず復活するだろう。

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