【前編】「母の愛情不足」で45歳の彼が陥った苦悩 燃え尽き症候群の裏にあった幼少期のトラウマ

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燃え尽き症候群を患った村木さん。いったいなにがあったのでしょうか。(写真:天空のジュピター /PIXTA)
重い精神疾患や、社会的孤立、うつ病――。生活保護支援の現場でカウンセラーとして働いていた筆者の植原亮太氏は、彼ら・彼女らに従来の福祉支援や治療が効果を発揮しにくいことに気づきます。そうした人たちに接し続けてきた結果、明らかになったのは「幼少期の虐待体験」でした。植原氏による『ルポ 虐待サバイバー』を一部抜粋・再構成。燃え尽き症候群を患った45歳の村木蒼甫さんの事例を前後編でお届けします。

村木蒼甫さん(45歳)は、燃え尽き症候群を患っていた。燃え尽きた際に彼は自殺しようとした。

生死の淵をさまよったものの、医師による懸命の治療の甲斐があって一命はとりとめた。その後、精神科に入院した。退院後、生活保護になった。主治医の判断もあり、福祉事務所では私が話を聞いて支えていくことになった。

初回のカウンセリングで、彼はノートに書きとめてきた自分の「来歴」を語った。それはおおむね、次のような内容だった。

重度知的障害の弟とヒステリックな母

彼の母親は、気に入らないことがあるとヒステリックに金切り声をあげる人だった。幼い彼の目の前で市販の頭痛薬をアルコールと一緒に飲み、「死んでやる! 死んでやる!」と騒いだ。アピールのつもりで手首を包丁で切りつけ、その傷を見せつけてきた。

彼には重度知的障害の弟がいた。弟に障害があるのは、「妊娠中にあんたが私のお腹のうえで飛び跳ねていたから」だと母親に言われていた。

父親は、そんな母親から逃げだすように家を出た。彼が中学生のときだった。

新聞奨学金制度を利用して大学に入った。この制度は、新聞配達の仕事をしながら学費などの支援を受けることができるというものである。販売店が用意してくれたアパートに住んだ。

深夜2時には起床して、朝刊の配達をする。それを終わらせて1限目の講義に間にあうように大学へでかけ、夕方までに帰宅する。夕刊の配達を終えると、また翌日の朝刊の配達に備えて早めに就寝する。忙しい毎日だった。

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