保育士の負担が過重になっていることは確かに問題ですが、それとこれとはまったくの別問題です。「保育士がたいへんなのに、親が家でラクしているのはけしからん」というのは、歪められた敵対関係です。
保育士の仕事は、子ども一人ひとりの人格を尊重し、心身の発達によい環境を提供してその発達を促すことです。社会は、子どもに育つ環境を提供するために、保育園やこども園、幼稚園などを設けて税金を投入しています。そこで保育士の負担が過重になっているとすれば、保育士配置などへの公費投入が不足していることを問題にすべきです。
仮に、親が子どもと十分に向き合えていないのではないかという懸念があったとしても、それは「育休退園」では解決しません。むしろ通園してもらって子育てを支援したほうが子どもの利益になります。ちなみに、育休中の家庭の子どもはお迎えが4時ごろに設定されていますので、保育士にとってはむしろ「助かる利用者」であるはずです。
「待っている方に席を譲ってください」は問題のすり替え
「育休退園」で一時的に空きをつくっても待機児童対策にはなりません。ニーズを把握して保育の枠をふやす責任を負う自治体が「待っている方に席を譲ってください」と言って保護者同士を競合させるのは、問題のすり替えです。いずれにしても待機児童数は減少しているので、今後、このような理由は挙げにくくなるはずです。
こういった意見が出てくる背景に、「子育ては母親の仕事」という母性神話がいまだに息づいていることを感じます。
私たちの生活は、技術の力で便利になっていますが、子育てには、「原始的」(であるが重要)な部分があって、現代社会では負担感の大きい営みになっています。それを育てる親だけに背負わせるのではなく、社会全体で支えていこうというのが、世界的な潮流です。
その有効な手立てが保育です。待機児童が解消してくるのであれば、保育の間口をもっと思い切って広げてよいと思います。多胎児や年子を育てる専業主婦(夫)家庭にも「保育の必要性」を認めてもよいでしょう。育休中の家庭が心おきなく保育を受けられれば、親は安心して下の子のケアができ、上の子は園で発達に必要な環境を得ることができるのです。
こういったことは「異次元」ではありませんが、地道な子育て支援・少子化対策につながると思います。
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