仏教に救われた「LGBTQの僧侶」が修行で得たもの 紅白歌合戦の審査員も務めた西村宏堂さんの生き方

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「私は、お寺の子として生まれ、僧侶の父とお寺を支える母に育てられました。仏教が嫌いだった理由は、子供の頃から周囲の人に『将来は、お寺を継ぐんでしょ』と言われていたことへの反発心です。

父と母は一度も言わなかったけど、近所の人などは当たり前のように言う。決めつけられるのが嫌でたまらなくて。そもそも仏教についてよく知らなかったので、仏教そのものが嫌いだったわけでないけど、ずっと避けてきました。でも、自分のルーツには違いないわけだから、一度、向き合ってみるべきだなと」

大学卒業後、実家のお寺の宗派であった浄土宗の仏門に入り、僧侶の資格を取ることにした。24歳だった。

常識や作法より大切なのは教えの本質

僧侶になるための修行は、2年間にわたり行われる。京都の金戒光明寺と東京の増上寺で1回あたり2週間程度、5回に分けて合宿のような形で行われた。

「修行は過酷で、最初のうちは時計の秒針を眺めて、ため息をついていた」と言う。

(撮影:今井康一)

「冬の極寒の京都では、朝から素足で雑巾掛け。一日中、正座で細やかな作法を叩き込まれ、お経を唱え続けて。少しでも間違えたら、怒鳴られてやり直し。声が枯れて、唾に血が混じっていたこともありました」

物理的なつらさ以上に悩んだのが、修行中に学んだ教えだった。

「経典の中には、『装飾品を身につけてはいけません』『歌やダンスを見るのもいけません』などという項目を見つけてしまって。メイクもするし、キラキラしたファッションも大好きな私は、お坊さんになるべきではないのかなと。

それから、浄土宗の作法には、男女の違いもあって。例えば、香炉を跨ぐ作法は、男性は左足から、女性は右足からというものでした。私のように、男女の性別には当てはまらない人を考慮してくれない教えなのであれば、私は賛同できないなと思っていました」

悩み抜いた末、西村さんは勇気を振り絞って先生に質問することに。「周囲にいるトランスジェンダーの方々には、この作法はどう伝えるべきか」と尋ねると、先生からは「作法は教えの後にできたもの。どんな人でも平等に救われるという法然上人の教えが最も大切ですから、作法は左右どちらのものでも構いません」という言葉が返ってきた。その道理の通った答えに、西村さんの葛藤はみるみる晴れた。

「『僧侶は着飾ってはいけないのか』という疑問についても、先生は『僧侶の中には教師や医者をやっている人もいる。それぞれの仕事によって違う装いをしているのが現代の僧侶の姿です。多くの人に教えを広めることができるなら、キラキラしたものを身につけても問題ないです』と言ってくださった」

“作法や身なりは、教えの本質ではない”という、西村さんにとって納得のいく答えを授かったとき、仏教への思いは大きく変わったという。

「『どんな人でも平等に救われる』という仏教の教えは、LGBTQの一人として苦しんできた私を救ってくれたし、だからこそ、『誰もが平等である』というメッセージを、今も悩んでいる人たちに届けたいと強く思いました。平等の本質を伝えていきたい」

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