延命を望まない89歳の母親を看取った家族の記録 樹木のように枯れていく母を見守った日々の軌跡

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人工透析を拒んだ時点で、在宅医は純子の母親には点滴もしない最期を見すえた。腎不全を悪化させていた母親に点滴をすると、肺に水がたまり、呼吸困難におちいる危険がある。そもそも点滴は大半が水分で、栄養はあまりないと純子は言われたという。

在宅医は点滴代わりに、生命維持に最低限必要な栄養ドリンクを処方する一方、それ以外は「本人が食べたいものを、食べたいときに、好きなだけ食べてもらえばいい」と純子に伝えた。

「ですから母親が大好きな巨峰や茶碗蒸し、ハーゲンダッツのバニラなどを、スプーンで少量ずつ何回にも分けて食べてもらいました」

終末期の親に「せめて点滴だけでも」と家族が懇願する、という話を時おり聞く。だが、看護師でもある看取り士の権藤によると、衰弱した体に点滴を注入すると、吸収できずに全身がむくんで顔が腫れ上がったり、やたらとたんがからんで息苦しくなったりして、本人に心身両面で負担をかける可能性がある。

純子は母親の「延命しない」という決断に葛藤しながら、人は樹木が枯れるように「点滴しない最期」を迎えるのか、という思いで見守ってもいたという。

「母は、食が次第に細くなっていきました。するとみるみる痩せてきて、介護用オムツを交換するたびに太ももやウエストが細くなり、腰や脚を上げ下げするたびに軽くなっていくんです。終わりに向かういのちを日々抱きしめているような、いとおしい時間でもありました」

パリ時代の母

母親と息子が交互に祖母を6時間抱きしめた

初訪問から1週間後の9月中旬。看取り士の藤本が母親宅を訪問。藤本の声がけに反応はあるものの、母親は眠っている時間が多かった。時おり「苦しい」「痛い」と話して呼吸状態も不安定だった。

その日の夜からは在宅医が痛みを抑えるために医療用麻薬を使う予定だった。麻薬を使うと痛みが消えると同時に、身体機能も低下する。看護師でもある藤本は、この容体だと死期が早まると察知した。

純子もこの1、2日がヤマ場と言われていた。純子は母親宅に自分が今晩泊まるので、藤本にはいったん帰っていいと伝えた。純子が翌日の午前3時頃、母親の手を握り、「ママ、大丈夫よ、安心して」と声がけしていたときだった。

「ベッドに寝ている母が両手を胸の上にあげて、とても弱々しく左右に振ったんです。2、3秒間だったと思います。それから両手を組んでお腹の上に置いた瞬間に、『あっ、今逝った』と直感しました」(純子)

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