「海の危機」に立ち向かう42歳海苔漁師の生き様 毎年100万円使って開く「海と海苔の勉強会」

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なぜか。震災から数年の間に以前から感じていた自然の変化がいよいよ深刻度を増し、このままでは近い将来、海苔が作れなくなるという危機感が、相澤さんに第二の使命を与えたのだ。

「一流、二流、三流の定義が僕のなかにあって。三流は頑張ってる人、二流はいいものを作る人、一流は未来を作る人。子どもたち、若者たちが希望を持って生きていける未来を作ることができる人が一流って信じてるから」

無類の負けず嫌いが始めた「未来に貯金」

日本全国に固有の自然がある。その土地ならではの自然と共存して育まれる海苔には、必ず個性がある。20代の頃は全員がライバルだと思っていた相澤さんは今、海苔漁師が3000人しかいないなら、3000のおいしさがあると考えることが大切だと考えるようになった。

だから、東松島から遠く離れた西日本の仲間の海が危機的状況にあるなら、その背景を含めて実情を伝え、ともに日本の豊かな自然を守るためになにをするべきかを問いかける。

相澤さんが最も気にかけているのは、瀬戸内海だ。一部の沿岸部は高度成長期に窒素やリンを多量に含む工場排水による「富栄養化」が原因で、たびたび赤潮が引き起こされた。赤潮は海中の植物性プランクトンが爆発的に増える現象で、水中の酸素が失われ、魚介類が酸素不足で死んでしまう。瀬戸内海は一時期、「瀕死の海」と呼ばれるほどに水質汚濁が進行した。

1973年に「瀬戸内海環境保全臨時措置法」が施行され、海に流れ込む排水が厳しく管理されるようになって、現在の瀬戸内海はかつてよりも透明度を増した。ところが今度は海に栄養が流れ込まなくなり、「貧栄養化」で海苔の生育不良などが深刻化。対策として2022年4月1日、沿岸の府県が排水基準の緩和を可能にする改正法が施行された。端的に言えば、「もっと窒素やリンを海に流そう」ということだ。

「沖縄の海って、透き通っていてキレイですよね。沖縄から本州に向かって上がってくる黒潮は、あまり有機の栄養がない。だから透明なんです。アマゾン川は茶色だけど、生き物の宝庫ですよね。それは川の水に栄養が豊富にあるからです。きれい、汚いじゃなくて、豊かかどうか。そこを見ないから、海が変わってしまう」

つややかな相澤さんの海苔(写真:アイザワ水産)

海苔の名産地、有明海も危ういバランスの上に立っている。春から夏にかけて発生しやすい赤潮が、地球温暖化による海水温の上昇によって秋頃にも発生するようになっているのだ。海苔の種付け、育苗の時期に赤潮が出ると、成長に不可欠な栄養素が不足して「色落ち」する。

相澤さんは「このままだと、自然がどんどん崩れて、いずれ取り返しのつかないことになる。気づいた人たちが伝えていく活動をしないといけない。それが与えられた役割」だと話す。

先述したように、相澤さんは自分の100万円を使って、全国で海苔と海の話をするようになった。役割を果たすためには、時と場所も選ばない。有名シェフのパーティーで相澤さんの海苔が使われることになり、5分間、スピーチする時間をもらった。そこで相澤さんは言った。

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