「海の危機」に立ち向かう42歳海苔漁師の生き様 毎年100万円使って開く「海と海苔の勉強会」

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きわめて養殖が難しい「岩のり種」にも挑戦(写真:アイザワ水産)

それから、海がしけた日にスーツを着て売り込みに行くようになる。そうして数多くの失敗を繰り返すうちに、少しずつ縁が実り始めた。

仙台の百貨店での催事は、相澤さんの転機になった。朝、海で仕事をした後、風呂に入り、スーツに着替え、車に海苔を積んで、毎日ひとりで店頭に立った。

お客さんには海苔作りや地元の海について熱く語った。ある日、ひとりのお客さんから「お兄ちゃん、私はこれから海苔をおみやげに持っていくんだけど、今のあなたの話が一番おみやげになったよ」と感謝された。

「買う人にとって、生産者のストーリーを知ることがすごく喜ばれると知って、これが新しい付加価値なんだと、雷が落ちたんですよね。このとき、売り手と買い手のつながりやコミュニケーションの大切さを知りました」

相澤さんは、漁師なら安さだけを求められる市場を変えることができるという自信を得た。

「ほかにない海苔」を目指して

こうして自分で海苔を売るようになって痛感したのは、お客さんにとって問屋のいう海苔の扱いやすさなどどうでもいいということだった。おいしいと感じてくれたら、また買いに来てくれる。それがわかってからは、「ほかにない味」を求めて海苔のおいしさの開発に全精力を傾けた。

その頃、評価が最も高かったのは有明海の海苔で、食べてみると確かにおいしかった。相澤さんはその理由を確かめるために、研究を始めた。「海苔は生き物。産地によって生物的になにが違うのかを確かめよう」と考えてのことだった。

すると、たったひとつだけ、自分の海苔と異なるポイントがあった。細胞壁だ。東松島の海は荒く、網に浮きをつけ、重りで海底に固定する浮き流し養殖で育つ海苔は「アンヒドロガラクトース」という多糖類で細胞を守るため、細胞壁が硬くなる。一方、有明海の穏やかな海で育つ海苔は、「ガラクトース」という多糖類で覆われる。「ガラクトース」は唾液の酵素で溶けやすい。それはイコール、口に含んだ瞬間に甘み、うま味が溶けだすということだ。

細胞壁が硬い東松島の海苔は、味を感じる前に飲み込まれてしまう。そこに決定的な違いを見いだした相澤さんは研究と実験を繰り返し、やがて細胞壁を溶かす酵素の働きを掌握した。

「酵素が一番活発に働く温度は? 塩分濃度は? と突き詰めると、短い熟成時間でアンヒドロを溶かすことができるようになりました。さらに実験を重ねて、細胞壁を10分の1まで溶かして、一瞬で味が出るようにすることもできるようになりました。熟成をマスターすれば、どんな海苔でも作れるんです」

相澤さんは、実験と並行して1回の食事で数万円する高級すし店を訪ねた。そこでカウンターに座り、居合わせたほかのお客さんが海苔を使ったすしを食べるときに、何回かんでから飲み込むのかをじっと観察した。すると、その人は3回かんでから飲み込んだ。

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