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【奇跡の廃墟写真】空から見る軍艦島、星景遺構

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  • 廃墟写真家
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私自身も、美しく朽ちる儚き遺構たちに魅せられ、その姿を20年近く写真におさめ続けてきました。空からドローンで見下ろしたその全景や、廃墟から見上げる星空なども撮影しています。

今回はそれらの作品の中から、ぜひその目で見ていただきたい「絶景廃墟」10選をお届けしたいと思います。

(外部配信先では写真を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)

 

【写真を見る】【奇跡の廃墟写真】空から見る軍艦島、星景遺構(12枚)

“栄枯盛衰の息遣い”を感じる「絶景炭鉱跡」

廃墟好きの聖地といえば、長崎県の「端島(軍艦島)」。出炭量の増加と共に島は急成長を遂げ、1960年には5267人が居住した。全盛期は真夜中でも明るく不夜城と呼ばれ繁栄を極めたが、主要エネルギーが石炭から石油へと移行したことにより1974年1月15日に閉山。同年4月20日に全住民が島から離れ、端島は無人島となった(撮影:啝)
長崎県「端島(軍艦島)」(撮影:啝)
1882年頃に鉱床が発見され、1972年に閉山した岩手県の「松尾鉱山」。閉山後、鉱山から流出する大量の強硫酸水による北上川の汚濁が大きな社会問題となった。5年の歳月と約93億円の巨費をかけ、1981年11月に旧松尾鉱山新中和処理施設が稼働を開始。現在に至るまで坑廃水の処理が続いている(撮影:啝)
新潟県の「持倉鉱山」で鉱床が発見されたのは1700年頃とされ、当初は会津藩が銅の採掘を行っていたとされる。1908年に本格的な銅山経営が開始されたが、その後、1919年に三井鉱山が買収するも、鉱床に恵まれず翌年1920年に閉山した。カラミ煉瓦造りの製錬所および事務所跡が山中に残る(撮影:啝)
営業出炭開始は1959年で、国内では最も新しい長崎県の「池島炭鉱」。坑道総延長距離約90kmの巨大海底炭鉱へと発展し、1970年頃の最盛期にはもともと350人程度であった島の人口は7500人以上にまで膨れ上がった。しかし時代の流れには逆えず、2001年に閉山。九州最後の炭鉱の島となった(撮影:啝)
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