また乗りたかった…30年間で廃止になった路線 思い出の路線は乗れるうちに乗車しておきたい

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JR札沼線の晩生内駅付近を走るディーゼルカー=2011年8月(筆者撮影)

戦後75年の現在、高度成長期の昭和、それに続く平成を懐かしむ人は少なくない。その間に鉄道は国鉄からJRへと大きく変わり、動力近代化が進んだ。一方で、輸送の主役はクルマへと移り、高速道路網の充実や大都市への人口集中に伴い地方の過疎化が顕著になり、ローカル線の廃止が増えた時期でもある。この75年の間におよそ400もの路線が消え、総延長は7000kmにもなるという。

便利になった一方で、もう乗れなくなった路線やなじみの車両が消えていく現実を、自らの人生とダブらせて回顧する人が多いのかもしれない。そのせいか、廃線跡を訪ねたり、懐かしい過去の写真やアーカイブス映像をテレビやネットで熱心に見入る人が増えている。そこで、廃線が話題となっている今、筆者が乗ったことのある思い出深い路線をピックアップして紹介したい。

懐かしい旧国鉄時代

JR信越本線の横川―軽井沢間

軽井沢近くの信濃追分に大学のセミナーハウスがあったので、学生時代はゼミやサークルの合宿などで何回となく乗車した区間であり、まさか廃止になるとは夢にも思わなかった。しかし、北陸新幹線(開業当時は「長野行き新幹線」)の開通により並行在来線としてJRの手を離れることになり、横川―軽井沢間のいわゆる碓氷峠越えの区間は、1997年9月30日をもって廃止されてしまった。

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復活の可能性を模索して、線路はかなりの部分残されているし、遊具施設のようなトロッコ列車「シェルパくん」が横川駅付近では廃線跡を利用して走っている。

学生時代、特急は「特別な」急行列車であり、現在とは違って「贅沢な乗り物」と思われていたので、もっぱら169系の急行列車に乗っていた。夏に乗ると、開いた窓から入ってくる風は熱気を帯びていたのだが、いくつものトンネルを潜り抜け、軽井沢駅に近づくと高原の爽やかな風が下界とは別物のようなものに感じられたことは今もって忘れられない。

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