住民の脱出が完了したのちも製鉄所に立てこもり、徹底抗戦を続けたアゾフ連隊。5月中旬、マリウポリが陥落する中、やむなくロシア軍に投降した。その数、2439人。
ロシア側のメディアが報じた投降兵の映像のなかに、松葉杖をついて歩くキリルの姿があった。
ウクライナ全土を取材した映画が映し出すもの
9月7日、ベネチア国際映画祭8日目。キリルの妻、アンナが登壇したのは、ウクライナ危機を記録映像で綴ったドキュメンタリー映画「FREEDOM ON FIRE(フリーダム・オン・ファイヤー): UKRAINE’S FIGHT FOR FREEDOM」の記者会見場だった。
監督のエフゲニー・アフィネフスキーはロシア生まれのイスラエル系アメリカ人。今年2月の開戦直後から総勢40人以上の撮影監督を起用して、ウクライナ全土での取材を始めたという。その後、住民、医師、兵士、宗教者など関係者へのインタビューを重ね、わずか半年で118分の映画にまとめあげた。
エフゲニーは2万2千人以上が犠牲になったというマリウポリでの悲劇の語り部としてアンナを取材し、映画の中に組み込んでいた。モニターが設けられた第2会場もあわせ、会見に参加した記者は100人ほど。アンナは監督に続き、思いの丈を語った。
「私が生きていること、今日ここにいることは本当に奇跡です。この奇跡は、ウクライナの兵士たちのおかげです」
「私はエフゲニー監督にありがとうと言わなければなりません。みなさんはアゾフスターリ(製鉄所)にいたということがどういうことか。戦場の真っ只中にいるということがどういうことか、実感できるはずです」
アンナが製鉄所の地下にいたのは65日間。「いつも死の恐怖を感じ、潜水艦の中に捕らえられている感覚だった」という。大型爆弾が落ちた4月25日には壁が崩れ落ち、アンナは脳しんとうを起こした。
ストレスで母乳が出なくなったアンナに粉ミルクやチョコレートを持ってきてくれたのは兵士たちだった。彼らは、「あなたは若い母親だから大切な存在だ」と言って、守ってくれたという。
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