ロシアによるウクライナへの侵攻から2週間がたった3月9日、キエフに入った。一国の首都が大国の軍隊によって包囲されるという事態にあって、市民はどんな日々を過ごしているのか、知りたいと思ったからだ。
ウクライナの空港は閉鎖されているため、中継地を隣国ルーマニアに決めた。日本から飛行機、長距離列車、シャトルバス、ボランティアの車を乗り継ぎ、49時間かけてキエフに着いた。ルーマニア国境からは直線距離で500キロ近く。東京から盛岡を超える長さだ。西側との「広大な緩衝地帯」として、ロシアがウクライナを重視している意味を感じながらの移動だった。
人影が消えたキエフ中心部
開戦15日目の3月10日、キエフの中心部に向かった。主要な交差点にはバリケードが作られ、兵士が身分証やトランクの中身をチェックしている。黄金に輝く教会やヨーロッパ風の石畳が点在する古都は、戒厳令がしかれ緊張感が漂っていた。
「ここは人通りが多かったよ。公園には家族が集まっていたし。それが2月24日の開戦で一変してしまった」
ドライバーから説明を聞いているとサイレンのような音が聞こえた。その後、1日平均4〜5回耳にすることになる空襲警報だった。この頃、キエフを目指すロシア軍の部隊は、中心部から北西20キロほどのところと、北東15キロほどのところにまで迫っていた。来週にも中心部を目がけて総攻撃をしかけてくるかもしれない、と不安を口にする人もいた。
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