ときは冷戦時代の1982年。トルコの黒海沿岸に正体不明の男が漂着するところから、この物語は始まる。瀕死の男は、ソ連からのウクライナ独立を目指す民族主義者であった。彼のところにウクライナ系英国人が接触し、仲間たちの間でとある謀議が進行する。彼らはソ連における恐怖支配の象徴、KGB(国家保安委員会)議長の暗殺を計画していた。
ちょうどそのとき、ソ連は農薬生産の失敗により、小麦の生育不足から大飢饉を迎えようとしていた。
人工衛星の情報からそれを察知したアメリカの政府は、食糧を輸出する代わりに大規模な軍縮をと持ちかける。ソ連の最高指導者、ルージン書記長はこの提案に乗ろうとする。ところが共産党内の反主流派は、事態打開のために欧州への全面侵攻作戦をぶち上げる。ルージンは何とか抑え込もうとするが、懐刀であるKGB議長を暗殺されたことで事態は急変する。これでは第3次世界大戦が始まってしまう……。
1991年のソ連崩壊過程は「一種の奇跡」だった
以上、『ジャッカルの日』などで有名な作家、フレデリック・フォーサイスのスパイ・サスペンス小説、『悪魔の選択』(The Devil’s Alternative)のサワリ部分である。冷戦時代って確かにこんな感じだったよな、と古い角川文庫を手に取りつつ往時を思い起こしている。クレムリンの政治局会議の情景が、まるで見てきたかのように描かれている。その中には、ロシア人がどんなふうに少数民族を支配していたか、といったテクニックが書き込まれていて、今みたいな時期に読むと興味が尽きない。
この小説のキモは、「ウクライナが分離・独立すればソ連の力は失われる」というアイデアであった。そのことは1991年12月25日に現実のこととなり、ソ連国内の各共和国は平和な形で離脱した。そしてこの日と共に、冷戦時代は終わりを告げたのである。
この日をワシントンDCで迎えた筆者は、当時のアメリカ全体がこのニュースに接して、腰が抜けるほどホッとしていたことを記憶している。筆者が在籍していたブルッキングス研究所の核戦略専門家などは、「僕の研究は不要になった!」と言って喜んでいたものだ。
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