「キャンセルへの恐れ」が招く知識人の表現自粛 物語が持つ「善悪二元論で決めつけたがる性質」
陰謀論、フェイク・ニュースなど、SNSのような新しいテクノロジーが「ストーリー」を拡散させ、事実と作り話を区別することが困難になりつつある現代。このたび、上梓された『ストーリーが世界を滅ぼす──物語があなたの脳を操作する』で、著者のジョナサン・ゴットシャル氏は、人間にとって大切な財産である「ストーリー」が最大の脅威でもあるのはなぜなのか、を明らかにしている。本稿では、同書を訳した翻訳家の月谷真紀氏が、その概要を紹介する。
「架空のストーリー」が人を殺した
ロシアのウクライナ侵攻は、ロシア通の学者たちにとってさえ予想外の出来事だった。この戦争の背景にはプーチン独自の歴史観があったと言われている。
プーチンは歴史的文献を自分の考えに都合よく切り貼りし、ロシアによるウクライナ統合を正当化するストーリーを作り上げた。ロシアを戦争に突入させたのは、架空のストーリーだったといえる。
ウクライナ侵攻だけではない。さまざまな事件の裏でストーリーが暗躍している。『ストーリーが世界を滅ぼす』の著者、ジョナサン・ゴットシャルの自宅からほど近いユダヤ教礼拝所で銃乱射事件が起きた。犯人はユダヤ人がアメリカを乗っ取ろうとしているという陰謀説に傾倒していた。追悼式に参加したゴットシャルは犠牲者たちの棺の列をまのあたりにし、架空のストーリーが人を殺したことに慄然とする。
ストーリー、いわば作り話がなぜ現実の世界を変えるほどの力を持つのか。そのメカニズムを探るのがこの本である。
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