「キャンセルへの恐れ」が招く知識人の表現自粛 物語が持つ「善悪二元論で決めつけたがる性質」
「あらゆるストーリーテラーがそもそもめざしているのはマインドコントロールだ。力のあるストーリーテラーは私たちの頭蓋骨を通り抜け、私たちの感情と心のコントロールパネルを一時的に操作する」と著者は言う。
しかし、ストーリーテラーはその能力に秀でているだけで、意図自体は特殊ではない。人間なら誰でも行うコミュニケーションの目的は、言葉を使って他人に働きかけ、自分の思いどおりに動かすことなのだ。
融和させるよりも分断する力が強い
数ある情報伝達手段の中でも、物語にはほかにはない優位性がある。人は本能的に物語を愛する。物語形式になっていると情報が頭に入りやすく、記憶に残りやすい。面白い物語は注意を釘付けにする。他人に伝えずにはいられないため、物語のメッセージがクチコミを通じて社会に広まる。なぜか。物語は強い感情を生み出すからだ。それこそが物語の最大の優位性である。
人を動かすには理解させるだけでは足りない。説得の研究では、理性よりも感情に訴えたほうが説得力を持つという。言葉で一から十まで説明するよりも、説得の意図を隠してそれとなくヒントを与え、受け手に自力で意味を発見させると効果が高い。ストーリーテラーを「ひそかなプロパガンディスト」、物語を「奴隷化する力を持つもの」と呼んだ小説家のジョン・ガードナーの言葉を紹介し、「プロパガンダが最大の効果を発揮するには、相手に気づかれず間接的でなければならないのだ」と著者は書いている。
ウクライナ侵攻をめぐるストーリーでもう一つ目を引いたのは、プーチンが「NATOの東方拡大はロシアにとって脅威である」と主張したことだ。ウクライナとウクライナを支援する西側世界から見れば被害者と加害者を入れ替えた主張だが、このような被害者と加害者の入れ替わりは歴史をめぐる解釈ではめずらしくない。
「同じ民族、言語、宗教の集団は、それぞれが持つ、自分たちは虐待、差別、虐殺による抑圧を受けたという歴史的ナラティブに動員され、他の民族、言語、宗教の集団に対する虐待、差別、虐殺による抑圧を行ってきた」。哲学者アレックス・ローゼンバーグの言葉が『ストーリーが世界を滅ぼす』には引用されている。
1994年にルワンダで起きた、フツ族がツチ族を虐殺する悲劇に著者は触れている。このときも「ツチ族を、一気に抹殺しなければ必ず立ち上がってフツ族を殲滅する害虫のような侵略種族」として描くプロパガンダが使われた。
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