さらに観測隊が南極に着いた頃は1日中太陽が沈まない白夜で、その後、5月の終わりからおよそ2カ月は1日中太陽が姿を現さない極夜になる。知力、体力、精神力を評価されて選抜された隊員ですら、特に「朝から晩まで本当に真っ暗な日が約3週間続く」という極夜の時期には、体調を崩したり、メンタルが不安定になってしまうこともある。
しかし、村上は学生時代に経験した模擬宇宙閉鎖実験の時と同様、南極でも安定したパフォーマンスを発揮。それだけではなく、基地の中でちょっとしたいたずらをしたりするなどしてメンバーを楽しませていた。
遠征隊のリーダーという重責を任された
その適応力と将来性を買われて、極夜が終わった後から遠征隊のリーダーを任されるようになった。遠征隊は5~6人のチームで、雪上車に乗って屋外に繰り出し、短くて1週間、通常は2週間ほどの遠征をする。
「凍った海の上を雪上車で移動しているので、いつ崩れるかわからない」「遠征中、必ず1回はブリザードに見舞われる」という観測隊の任務の中では最も危険度が高いものだ。当時30歳の村上は観測隊のなかでは下から2番目の年齢で、全員年上のメンバーの命を預かりながら、全ての決断を下さなければならなかった。
遠征中、実際に基地から遠く離れた場所で雪上車が故障したこともあった。これは、決断を誤れば遠征隊の命にかかわる事態だ。このときは、基地に連絡をして車両整備の担当者に状況を伝えたところ、その場で修理できる故障だったので事なきをえたが、遠征は常に危険と隣り合わせだったという。
「遠征隊のリーダーになると、自分が右とか左と言ったことでいろいろなことが変わってきます。たとえば、標高が900メートルぐらいある丘の上に観測点があって、登山道もないので雪上を登るんですけど、メンバーが必ずしも山登りに長けているわけではないし、途中でビバークするわけにはいかないので、ベースキャンプに戻る時間、状況を読みつつ、観測もしなければいけない。その責任の重みを感じすぎるのも良くないし、感じないのもダメ。結局、自分は遠征を楽しめないんですけど、リーダーが楽しんでいる振りをしないとメンバーも楽しめないし、とにかくあらゆることに気を配る必要があります」
極度のプレッシャーにさらされる遠征隊のリーダーは、誰にでもできるわけではない。村上は「もともと僕にそんなスキルはなかったし、遠征を仕切ることなんてできなかった」と振り返るが、それでも遠征隊の幹部が若い村上にリーダーを任せたのは理由があった。
「『お前もう1回南極行くやつだから』と言われて、本当だったらコアなメンバーだけで相談するようなところに僕を呼んでくれたり、酒を飲みながら先輩たちがいろいろなことを教えてくれました。最終判断が出るプロセスもリアルにシェアしてもらっていたし、想定外のことが起きた時に、迷っているところを見せるのか、迷っているところを見せないのか、どういうふうに判断しているのか、どういうタイミングで判断しているのか、いいお手本があったのでそれは大きかったですね」
観測隊には必ず南極経験者がいる。南極でしか培えない知恵と経験を次世代に継承するためだ。その素質を見込まれ、「タスキをつなぐ者」に選ばれた村上は、南極のプロたちから英才教育を施されて無事に任務を全うし、2010年3月、日本に戻った。
=敬称略=
※後編は2月8日に公開します。お楽しみに!
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