「日本で『火星に行きたい』と言うとばかじゃないかと思われるんだけど、僕は今、火星に行かなければいけないんじゃないかと思い始めています」
村上祐資は静かに言った。
私は予想外の言葉に驚き、思わず「え?!」と村上の顔を見直した。
坊主頭の村上は、いつもと変わらず、いたずら好きの少年のような微笑を浮かべていた。彼の目はまっすぐに私を見ていた。
火星というフロンティア
村上は2014年12月、日本では火星協会として知られる「The Mars Society」が主催したあるプロジェクトに参加していた。「The Mars Society」はアメリカの航空宇宙技術者で有人火星探査研究の第一人者であるロバート・ズブリンが設立したNPOで、数千人のメンバーを抱える国際的な運営委員会によって火星の探査、植民が研究されている。
2014年、NASA(アメリカ航空宇宙局)が2030年代に有人火星探査を実施すると発表しており、人類にとっての新たなフロンティアとして火星が注目されているなかで、村上が参加したのは「The Mars Society」が計画する「Mars Arctic 365(MA365)」というミッションの最終選考だ。
MA365とは火星での生活を想定した実験で、北極圏にある模擬火星基地の閉鎖環境で今年の夏から1年間、、最終選考から選ばれた6名が生活する。最終選考では、世界中から1年間の選考を経て選抜された21人が3チームに分かれ、ユタ州の砂漠にあるもうひとつの模擬火星基地の閉鎖環境のなかで、2週間、共同生活を送った。閉鎖環境とは外部から隔離された居住空間で、宇宙基地を想像してもらえればわかりやすい。
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