さて、大久保はどのような様子だったのか。伊藤とともに、全権委任状を取りに帰らされた挙句に、結局、意味はなかった。それでもただ、大久保は黙するばかりだった。大久保の側にいた1人は、こんなふうに書き記している。
「何しろ大久保さんは無口な人で、汽車の中でも始終煙草ばかり吹かして居た」
ただ、アメリカを発ち、イギリスに降り立ったあと、大久保がこうつぶやくのを聞いた者もいる。
「私のような年をとった者はこれから先のことはとても駄目じゃ。もう時勢に応じられんから引くつもりじゃ」
「でくの坊のごとし」と自虐
欧米との文明の違いをまざまざと見せつけられ、半ば呆然としていたようだ。大久保がこのような弱音を吐くのは珍しいが、それほど大きな衝撃を受けたのだろう。
また、言葉の壁も大きかった。異国での自分のことを大久保は「でくの坊のごとし」とまで言って自虐している。
しかし、大久保はつねに「今、自分ができること」を見据えてきた。理想には拘泥しない。いかなる難局も、どんな理不尽も「現実」として受け入れて、ただの一歩でも前進させる。それこそが大久保のスタイルである。
なんとか西洋文化を日本に取り入れて、自国を発展させる――。大久保はいつしか立ち直り、異国の地で粉骨砕身することとなった。
(第35回につづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
松本彦三郎『郷中教育の研究』(尚古集成館)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』(講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家(日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』(ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
鹿児島県歴史資料センター黎明館 編『鹿児島県史料 玉里島津家史料』(鹿児島県)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵"であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
萩原延壽『薩英戦争 遠い崖2 アーネスト・サトウ日記抄』(朝日文庫)
家近良樹『徳川慶喜』(吉川弘文館)
家近良樹『幕末維新の個性①徳川慶喜』(吉川弘文館)
松浦玲『徳川慶喜―将軍家の明治維新増補版』(中公新書)
平尾道雄『坂本龍馬 海援隊始末記』(中公文庫)
佐々木克『大久保利通と明治維新』(吉川弘文館)
松尾正人 『木戸孝允(幕末維新の個性 8)』(吉川弘文館)
瀧井一博『文明史のなかの明治憲法』(講談社選書メチエ)
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