今でこそ「6%DOKIDOKI」は原宿の代表的ショップのように言われていますが、実は広告宣伝をやったことがないんです。口コミだけでここまで来た。テレビCMや新聞、雑誌の広告出稿もやったことがないですね。
僕のビジネスの才は商店街のショップレベル
――活動の規模を拡大すると、自分のやりたいこととかけ離れていくということはどのジャンルでもあると思うのですが、増田さんの場合はそれを潔しとしなかったということでしょうか?
そうですね。ショップ的に大きく展開しようかということは2000年頃に考えました。ただ、僕のビジネスの才能は街の商店街にあるようなショップのレベルなんです。やはりおカネ儲けがうまい人というのは、ショップを全国展開にできる能力がある。僕とは格段に違います。それなら自分がメジャーリーグに行ける能力はなんなのかと考えた。それで、自分はクリエイティブだろうと。もちろんこの店も、時代によって浮き沈みはあるんですが、この店を維持することによって情報を発信するという方向性に持っていきたいと思ったんです。
――「街の商店街」にいた増田さんが、日本を代表するキャラクター企業のサンリオと映画『くるみ割り人形』でタッグを組むことに、痛快さを感じてしまうのですが。
それは時代が流れたからだと思います。今までなら、原宿kawaii文化は、メジャーに対するカウンターカルチャーといったところに存在意義があったと思います。でも現在は、日本のポップカルチャーが世界に普及しているし、注目もされている。どうせ同じ方向を向いているんだったら、オールジャパンとして一緒にやればいいじゃないかということだと思うんです。そういう気持ちで僕はサンリオとタッグを組んでいます。
――オリジナルの1979年版の『くるみ割り人形』がお好きだったそうですが、いつご覧になったのですか?
小学校2年生の時に観ました。今から30~40年ほど前でしょうか。サンリオが多くの映画を作っていた時に、千葉県の松戸に「サンリオ劇場」という専門の劇場があったのです。当時は子供向けの映画がたくさんあったのですが、僕はすごくませた子供だったので、そういう映画にはまったく反応しなかった。でもなぜか『くるみ割り人形』は、人形が動いていることとか、不気味さといったものが心に残っていたんです。
でもまさかこの映画を自分がやるなんて思ってもいませんでした。自分にとっては「くるみ割り人形」といえば、バレエというよりもこの映画の方が浮かぶという感じでしたから。プレッシャーを感じましたね。
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