山梨にある「世界最古の温泉旅館」知られざる秘密 〝温泉旅館の親父を貫け"の奥深い意味
危機は起こって当たり前
観光業にとって、近年でもっとも大きな危機はコロナ禍であった。日本政策金融公庫が2020年8月に実施したアンケート調査によると、回答したホテル・旅館業者の売り上げは「50%以上減少」が約90%、「80%以上減少」でも54.6%と過半数を超えた。
一方、慶雲館は、初の緊急事態宣言が発令された2020年4~5月、さらに7月までは赤字が続いたものの、8月以降は「Go Toキャンペーン」の需要もあって黒字回復。2020年は、年間売り上げを前年と比較すると4割減くらいだったという。
たしかに売り上げが落ち込んではいるが、5割以上減というホテル・宿泊業も多いなかでは、傷は浅いほうといえるだろう。Go Toキャンペーンがあったとはいえ、黒字回復の早さにも驚かされる。
それを可能にした具体的方策として挙げられるのは、稼働客室数を思い切って絞り、経費を削減したことだ。通常は35室であるところ、2020年4月1日からは27室とし、大型の8部屋を宿泊客の食事会場としたほか、諸経費の洗い出しを徹底的に行い、出費を抑えるなどした。
このように、厳しい状況下でも、うろたえることなく冷静に先手を打ち、より大きな危機に備えるというのは、長い歴史のなかで培われた胆力なのだろう。
平時はいつ何時、一瞬にして有事に転じるかわからない。だからこそ「危機が起こって当たり前」の心構えでいることが判断の速さにつながるのだ。川野社長は、「それができるようになったのは、先代の姿を30年間以上にわたり間近で見てきたからだと思う」と話す。
たとえば2010(平成22)年7月、大規模な落石事故の影響で県道が1カ月間にわたり通行止めになったことがある。本来ならば、その県道を通らなくては慶雲館には辿り着けない。順当に考えれば営業停止となるところだったが、先代は慶雲館の裏手にある険しい林道を使うという判断を下す。
林道は県道のように整備されていないため、通常、客が乗ってくる路線バスは通れない。そこで慶雲館から送迎車を出し、バスで途中まで辿り着いた客を乗せて宿まで運ぶことにしたのだ。林道の入り口付近には従業員がテントを張って客を待った。
強引といえば強引だ。しかし、宿に泊まることを楽しみにしている客がいる以上、営業継続のために策を講じることが最善であるとの判断だった。途中で車を乗り換えてもらうという不便を強いる分、従業員一丸となって、いつも以上に心を込めてサービスした結果か、むしろリピーターが増えたそうだ。
自然豊かな山間部に位置するだけに、これ以外にもたびたび大雨や大雪の影響を受けたが、そのつど慶雲館は臨機応変の知恵と機動力で乗り切ってきた。
状況を冷静に分析し、すべきことをすれば必ず道は開ける。端的にいえば、観光業にとって深刻な死活問題となったコロナ禍すらも、慶雲館にとっては長い歴史のなかで起こってきた厄災の1つにすぎないのかもしれない。
「ぐずぐずと考えるのは性に合わない。どのみち大変ならば、失敗してもいいという心構えで先手を打つ。打つ手が早ければ失敗しても取り返せる。歴史に学びつつ、社長就任以来最大の危機を乗り切りたい」と話す川野社長の表情には、これまで幾多の困難に対処してきた歴史に基づく自信がうかがわれた。
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