中国自慢のコロナIT監視体制が持つ大いなる穴 音楽家ファンキー末吉の「デジタル隔離生活」上

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しばらくしたらメンバーたちの健康管理アプリがばたばたと赤色に変わったが、私のだけはなぜか緑色のままである。思うにこの世界最先端のデジタルシステムも、まだまだ外国人には対応し切れてないのではないかと想像する。

同じように隔離されているメンバーたちのアプリ画面は赤色に変わったが、最下段のファンキー末吉氏のアプリは緑色のまま(写真・本人提供)

 

さて、人生2回目の隔離生活が始まった。

今ではドラムの練習台を持ち歩いているので退屈こそしないが、朝昼晩と支給される食事はこんな感じだ。これは朝の食事なのだが、カンボジアでアレルギーが起こってから、私は野菜生活の食生活を心がけているので、このような炭水化物中心の食事ばかりだと困る。そこで、WeChatのグループで「もっと野菜を」とリクエストしたら、一応「野菜多め」という弁当が来たのだが……。単に白菜がちょっと多めなだけであった。

結局、隔離期間はその列車に乗り合わせた時から7日間ということらしい。ちなみに隔離の費用はタダであった。後で聞いた話によると、中国人ばかりだともっと安いホテルに放り込まれるらしいが、グループに私のような外国人がいるので、全員を外国人用の施設に放り込んだという話である。コロナ禍のこの国では外国人だと不自由なことが多いが、初めて外国人で得をしたという珍しい経験であった。

昔のままの「お役所仕事」を見せられる

解放される時に「隔離終了証明書」を渡される。隔離が終わったよという証明なのだが、これを持っていたところで、メンバー全員の行動管理アプリがまだ赤色のままではどうしようもない。この日の夜には深圳市でライブがあるので、行動管理アプリが赤色のままでは列車に乗れず、深圳まで行けないのだ。担当者に電話をしても忙しいので電話に出られないのだろうか、つながらない。やっとつながっても、たらい回しにされてらちが明かない。

世界最先端のIT技術を誇るここ中国だが、扱っているのが「人間」である限り必ず「穴」がある。そもそも私の行動管理アプリは赤色になっておらず、ずっと緑色のままなのだ。いざとなったら私だけ先に列車で行ってドラムのセッティングとチューニングを行い、他のメンバーがそれでも緑色にならなければ、メンバーは車をチャーターして行くしかない。途中で検問があったらアウトである。たとえこのような隔離明けの証明書があったとしても、担当者は「行動管理アプリが緑色の人間しか通さない」というのが「仕事」なのだ。

働かなくても国家が生活を保障してくれる社会主義で、一生懸命働いても収入は同じなので誰も働かなくなって経済が破綻し、商店にモノがあっても売り子さんが「没有!!(ない)」と言って売ってくれなかった時代はもう30年以上も昔の話。「スマイルはゼロ円ではない!!スマイルは金になるんだ!!」と気付いてサービスそのものまで向上して破竹の勢いで経済成長してきたこの国だが、「お役所仕事」というのは相変わらず昔のままである。デジタルが世界有数のレベルにまで進化している国で、それを使う人間によってそこに「穴」があり、そんなデジタルが「絶対」として社会の隅々にまで浸透している国では、偶然そのポケットに落ちた人間はもう笑うしか方法はない。

予約していた列車の出発時刻まで笑いながら久しぶりの外食を楽しんでいたメンバーの、行動管理アプリが緑色になったのは列車の発車時刻寸前であった。深圳のライブは無事に終わり、「もう隔離はたくさん」だと思っていた私だが、数カ月後にまた「巻き添え隔離」とも言えるとばっちりで隔離生活を送ることになろうとは、この時点では夢にも思っていなかった……。

(『IT武装も最後は「人力」頼みの中国コロナ監視体制』に続きます)

ファンキー末吉 音楽家

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ふぁんきーすえよし / Funky Sueyoshi

1959年、香川県坂出市生まれ。1980〜90年代に爆風スランプのドラマーとして活躍。大ヒット曲「Runner」「リゾラバ」などの作曲者でもある。現在、日本と北京で音楽活動を精力的に続ける。著書に『中国ロックに捧げた半生』『日本の音楽が危ない~JASRACとの死闘2899日』『平壌6月9日高等中学校・軽音楽部北朝鮮ロック・プロジェクト』『大陸ロック漂流記―中国で大成功した男』『ファンキー末吉の10日で覚える「ひとこと」中国語会話』など。

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