浅田次郎が「架空の母」崇める還暦男女を描いた訳 「母の待つ里」理想の故郷にすべてが崩れ落ちる
「アメリカ人って、疑似的なものを平気で受け入れて遊びにするところがある。マイホームタウンとか言って自分に魔法をかけて、そこに架空の親父とおふくろの疑似家族が待っている。カード会社の世界マーケットとして、もし日本が選ばれてそれが輸入されたらどうなるか。ものすごくシリアスなものになると思うんだよ。だから、アメリカで行われるサービスを、日本で試験的にやってみたところに乗ったのが彼ら3人だった、ったという設定なわけです」
こんなに人情と郷愁あふれる物語の描き込みをした張本人でありながら、まったくエモくもウェットでもない、冷静な視線で書いていたと知らされて、その見事な距離に舌を巻く。しかもこの話、カードの年会費が35万円だ、一泊50万円だと、よくよく考えればかなり生々しい。
「一泊50万というのは、結構考えました。この連載はコロナ以前だったけれど、タイムリーにもオリンピック需要を見込んで、一泊20万とか30万とか、急に高い宿が出てきたんだよ。むしろ老舗旅館が上げあぐねて、お買い得になっちゃってる。誰もが知る名旅館だって、せいぜい一泊5万、6万だよ。ところが京都市内に一泊20万の旅館やホテルがいっぱいあるわけだよ。で、一泊50万もありかと思ったんだ。しかもそのぐらいの金を今、勢いで使うやついるんじゃないのって」
「三人三様に『使っちゃえ』みたいな感じがある」
3人の登場人物も、確かに都内にそんな高級カード会員の60歳男女が実在しそうだと思える、さすがのリアリティーである。
「三人三様に『使っちゃえ』みたいな感じがある。業界一の食品会社社長の松永君なんてどうよ。あの生活ぶりで、女房も子どももいなくて60になってさ。彼は、金の使い道なくて困ってると思うんだよね(笑)。で、有名製薬会社を定年退職して熟年離婚した室田君は、もうやけくそだろ。いま多いんだよ、60の離婚。僕の周辺にも多いから、気をつけなよ(笑)。話を聞くと、みんないろんな理由をためてきたんだよな。狙い定めたように定年と同時で。退職金、山分けだよ(笑)」
「こうなると、自分のためにもう全部、全財産使い果たそうという気分になるのはわかる。毎日蕎麦屋行って、幼なじみなんかと昼間から酒飲むくらいしかなくなるわけだよ。そういう状態になると、一泊50万というのは払う。カードって怖いんだよ。現ナマこうやって50万数えて物を買うっていうことは勇気がいるんだよ。ところが、翌月カード自動引き落としというのは、現金の実感がないからやっちゃうんだよ。だからそうならないためには、できるだけ毎週競馬場に行って、現ナマで馬券買うことだね(笑)」
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