浅田次郎が「架空の母」崇める還暦男女を描いた訳 「母の待つ里」理想の故郷にすべてが崩れ落ちる

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「この登場人物たちのようにね、一泊50万を『はいよ』って言って出せるぐらい。この人たち、なんだかんだ言いながら真面目に働いてきて、消費に走ってるんだ。いいじゃない、それができる人生。だからそういう意味では、彼らはみんな人生成功してるよ」

小説は嘘をついても罪にならない唯一の世界だよ

やっぱり浅田次郎は浅田次郎だった。成功とは、自分のために好きな消費ができる人生であると言うのだ。「そうだよ。それと、時間の加速度を止める方法というのは、ただ1つだけあって。初めてのことをする。僕は『経験説』っていうのを自分で考えているわけ。いろいろな経験があるけれど、最初の経験というのはものすごく重要で長く感じるのに、2度目のときっていうのは短く感じてしまう。なんだってそうだったでしょ、最初の1回って忘れがたいでしょ」

「同じ道を歩いて行ったときと、帰りのときは、必ず帰りのほうが短く感じる。初めての体験というのは、どんどん年とともに少なくなっていくわな。誰だってそうだけど。一度行った店とか、一度通った道ばかりになるよ。そうすると、人生短くなっちゃうんだよ、どんどん」

けもの道を通るだけの人生は、短くて単調だ。「だから初体験をすること。会社行くときでも、違う道を通ってみる。あとは、やったことのないことをする。だから未知の場所へ旅をするのがいちばん手っ取り早い話ね。これからちょっと南極行ってこようなんてことになったら、ものすごく長いよ、きっと」。一瞬、一瞬が鮮明に焼き付くような人生を送ってきたかもしれない、浅田次郎なら。

『母の待つ里』(新潮社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら

最後に、小説だから世の中に伝えられることとは何かと訊いたら、浅田は「嘘」と即答した。

「だって僕、嘘つきだから。これ嘘ですよ、僕の。小説って嘘をついても罪にならない唯一の世界だよ。道義的にも、法律的にも。しかも嘘がうまければうまいほど、褒め称えられるのよ。よくこんな話思いつきましたねって。普通は嘘をついたら怒られる。小説の嘘と現実の嘘というのを共有できるのは、小説家の女房だけなんだよな。だから、そこはケンカにならないんだよ。『なんでそんな嘘つくのよ!』って言われたときに、『小説家だからしょうがない』って。女房にだけは、ね。だから小説家って嘘つく商売ですよ。どれほどの嘘をつけるか、嘘ついてなんぼ」

小説家とは、ついた嘘によっては賞がもらえるぐらいの、稀有な職業だ。現代日本小説界を代表する作家の超一流の嘘。さてこのインタビューも、果たして本当にA面だったのか、それともB面だったのか。

(撮影:尾形文繁)
河崎 環 フリーライター、コラムニスト

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かわさき たまき / Tamaki Kawasaki

1973年京都生まれ、神奈川県育ち。桜蔭高校から親の転勤で大阪府立高へ転校。慶應義塾大学総合政策学部卒。欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、テレビ・ラジオなどで執筆・出演多数。多岐にわたる分野での記事・コラム執筆をつづけている。子どもは、長女、長男の2人。著書に『女子の生き様は顔に出る』(プレジデント社)。

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