浅田次郎が「架空の母」崇める還暦男女を描いた訳 「母の待つ里」理想の故郷にすべてが崩れ落ちる

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浅田の細心の企みによって見事に溶けた60歳の都会人たちが、やがて知る事実とは。最後のカードが裏返るようなラストだが、作家本人にはちょっとした逡巡もあったようだ。「最後の部分、僕あれ悩んだんだけどね。これは書くべきか、書かざるべきか、何もわからないまま終わっていくほうがスマートじゃないかなと。あれはちょっと書きすぎかなって、編集者に相談したりもした。これは小説の本当に難しいところで、書き足らないか、蛇足かっていうのは紙一重なんだよ」。名手・浅田御大がその塩梅に悩んだほどのラストシーンを、ぜひ味わってほしい。

若い頃から貯蓄はきちんとして、それを使い果たせ

自身を「おじいさん」と茶化してみせる70代の浅田に、加齢や老いについて聞いてみた。

「いちばんのポイントというのは、人生には加速度が付くということなんじゃないかな。これを読んでいる人も、もう感じ始めているんじゃない? 10代、20代、30代の10年って考えていくと、転げるように短くなってくる。これが40、50以降は、さらに詰まって、どんどん速くなる。もう加速よ。65から70なんて、何やったっけ?って考えている暇もなかったよ」

「60とか70とか、そのあいだにバタバタ定年を迎えて、友人のほとんどはリタイアしていくわけだよね。一応職場に65や70までいる人もあるけれど、なんかもう週2、3回、暇つぶしみたいな感じの働き方だな。もう収入は目当てではないからね、そうなると。居場所とか役割、そのなかで、急激に時間が速くなっていくわけ。このえもいわれぬ世界、本当にジェットコースターに乗っているような気分だよ。で、そのうち死にはじめるわけだな。あれ、死んじゃったよって言って」

できればもう少し幸せな話を聞きたいところだが、ではせめて老境に向けて、どんな心構えでいけばいいのだろうか。

「若い時分から貯蓄はきちんとすることだね。それは言っておきますよ。お金は将来貯まっていくと思ったら大間違いで、お金は貯めようとした人が貯まる。貯めようとしない人は貯まらない。だからワタシも貯まらない。若いうちから計画してお金を持っていないと、資本主義社会では悲劇が起きますから。だからそれはきちんと財形なり、定額預金なりちゃんとして貯める。銀行金利なんかばかばかしいなんて言っている場合じゃない。金利なんて最初からあてにしているほうがおかしいんだから」

ギャンブラーとしてのわが身を顧みてそう思うのだと、力を込める。「そうすると、未来は何でもできるわけだ。あとはいつ死ぬかの問題。だから怖いよ。70で死ぬか、80で死ぬかというのは、その間のお金のかかり方がずいぶん違う。でも子どもには残さない、これは大前提。どうしてかというと、親からもらった財産はなくなるからだよ。親は残さずに使い果たすべし。若い時分によく働いて貯めておいて、60を過ぎてどこかでリタイアしたら、体が動くうちに消費に走ってください」

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