宴会の場とはいえ、慶喜の暴走によって、参与会議は一気に暗雲が垂れ込めて、事実上の解散へと追い込まれた。会議をぶっ壊した慶喜は、こう家臣に胸を張っている。
「今日は愉快、愉快。大技計をぶちこわしたのは痛快の至り」
参与会議に大久保が出席できる立場であれば、また違ったかもしれない。久光では、変幻自在の慶喜に太刀打ちすることなど、到底できなかったのである。
会議の消滅とともに、参与たちはみな帰国。久光も失意のなか、4月に鹿児島へ帰っている。「祭りのあと」とはこのことだろう。
慶喜はといえば、朝廷を重んじたことで、禁裏御守衛総督に命じられて、朝廷のお守り役となっている。そもそも、参与会議に慶喜を参加させるように働きかけたのは、久光であり、大久保である。慶喜に完全にしてやられた格好となった。
挫折をした大久保が気づいたこと
だが、大久保に「絶望」の2文字はない。いつでも物事の本質に肉薄するこの男は、今回の敗北を、むしろ未来への道筋だととらえた。参与会議の失敗から、大久保は大きな教訓を得ている。
「もはや朝廷にも幕府にも期待できない」
現代に生きる私たちは薩摩藩が主導して、倒幕を実現したのを知っている。だから、歴史を振り返るときも、そんな前提で見てしまいがちだ。しかし、このころの薩摩藩が渇望したのはあくまでも中央政治への影響力であり、幕府を打ち倒すことではない。むしろ、幕府を立て直すために、朝廷と結んで改革を主導しようと躍起になっていた。
しかし、もはや、その方針自体を変えなければならない。大久保は挫折したからこそ、そのことに気づけたのである。そして京では、朝廷と幕府の間を駆けずり回って、久光を支えた大久保だったが、実は同時にもう1つ、大きな仕込みを行っていた。
難局を打開してくれそうな、圧倒的な存在感を放つ男。それが大久保の脳裏にいつもあった。そう、島に流されていた西郷隆盛の藩政復帰である。
(15回につづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
松本彦三郎『郷中教育の研究』(尚古集成館)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家 (日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』 (ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
鹿児島県歴史資料センター黎明館 編『鹿児島県史料 玉里島津家史料』(鹿児島県)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵"であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
萩原延壽『薩英戦争 遠い崖2 アーネスト・サトウ日記抄』 (朝日文庫)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
家近良樹『徳川慶喜』(吉川弘文館)
家近良樹『幕末維新の個性①徳川慶喜』(吉川弘文館)
松浦玲『徳川慶喜将軍家の明治維新増補版』(中公新書)
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