がん患者の心の理解を妨げる「一方的な配慮」とは 日ごろからの気持ちを言い合えるよう心がけて

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最近は、気持ちが安定しているという隆さん。

「がんになったことは残念ですが、幸い2人の子どもも自立し、ある程度の蓄えも妻に残すことができそうです。なので、家族に対する責任は果たせてよかったななどと、ほっとした気持ちもあります」

これからのことで心配はないかといった問いに対しては、「まあ、最後に苦しまないだろうかということは気になりますが、だいぶ覚悟はできてきました」と答えました。

私は続いて裕子さんに、「隆さんの心は安定してきたとおっしゃっていますが、どう思われますか?」と聞いたところ、裕子さんは隆さんの言葉が意外だったらしく、「本当に安定しているの? あなた、元気がなさそうにしているときもあるじゃない。最近はあんまり外にも出ていないし」と言います。

それを聞いた隆さんは、「そりゃ、ときどき落ち込むときもないわけじゃないし、体調が今一つよくないときは元気も出ないさ。でも、いつも明るいっていうのも変だろ。普通はそんなもんだと思うよ」と答えたのです。

真のケアが必要なのは夫ではなかった

このやりとりを聞いて感じたのは、このご夫妻の場合、表向きは隆さんが患者として受診しているけれども、真のケアが必要なのは裕子さんのほうだろう、ということでした。そのうえで、裕子さんが自分の不安に対処できるよう、お手伝いができないだろうかと考えました。

そこで、私は裕子さんに「隆さんにお会いするのは今日が初めてなので、まだ存じ上げないことも多いでしょう。でも、隆さんの口ぶりからは無理に平穏を装っているようにも思えないのです。率直なお気持ちを話していると私は感じます」。

そう伝えると、裕子さんは「そうですか。それならいいんですが……」とつぶやいていました。その表情は安堵と、まだ信じられないという気持ちが同居しているような感じでしたが。

その後お2人に、夫(隆さん)が感じていることと、妻(裕子さん)が隆さんについて想像していることとは、だいぶ違いがあることを伝え、「今まで、お互いの気持ちについて話すことはなかったのですか」と尋ねると、「今までそのような機会はあまりなかった」と言います。

裕子さんは隆さんのことをとても心配していたものの、夫の気持ちに触れないほうがよいと思っていました。そのため、自分はどうやったら夫の気持ちを支えられるかわからず、迷った挙句、プロの力を借りようと思い、精神科の受診を勧めたということでした。

安田さん夫妻のように、家族が患者さんの精神状態を心配して、精神科を受診されるケースは、ときどきですがあります。このような場合、実際に患者さん本人の精神的なケアが必要になることもありますが、一方で、本人は意外と安定した精神状態であることも少なくありません。

そういう場合、家族は患者さんのことをとても心配しているけれど、つらい気持ちに触れると本人を傷つけてしまうのではないか、それを恐れていることがけっこうあります。

本人の率直な気持ちに耳を傾けようとするのではなく、「きっと相手はこういう気持ちだろう」と、自分の想像で判断してしまう――。このように、自分の不安を相手の心に映し出してしまうことを心理学では「投影」といいます。

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