家族を失った人への「グリーフケア」 前国立がんセンター名誉総長・垣添忠生氏①

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かきぞえ・ただお 前国立がんセンター名誉総長。1941年生まれ。東京大学医学部卒業。都立豊島病院、東大医学部泌尿器科助手などを経て、75年から国立がんセンター病院勤務。手術部長、病院長、中央病院長などを務め、2002年総長に就任。07年に退職し名誉総長に。近著に『妻を看取る日』。

2007年4月、私は国立がんセンターの総長を定年退職し、これからは妻と2人、旅行をしよう、好きな絵を描いていこうと思っていました。その矢先、妻が肺小細胞がんで亡くなったのです。

40年間一緒に暮らした相棒がいなくなり、完全にうつ状態になりました。食欲がなく、無理をして料理にはしをつけても味がしない。夜は睡眠剤を飲まないと眠れない。体重は3日間で3キログラムも落ちました。

それからは酒浸りの日々でした。浴びるほど飲み、生活はめちゃくちゃ。朝起きて新聞を開いても読む気がしない。玄関で妻の靴がチラッと目に入ると涙が噴き出してくる。妻と一緒に何度も通った道にさしかかるときも、その頃のことを思い出し、涙があふれ出てきました。

家族を失った人の悲しみを癒やす「グリーフケア」

医師という職業柄、これまで数多くの人の死生観に触れてきました。宗教に救われたという人の話もよく聞きました。私は宗教に縁がなかったので、頼ることはしませんでした。この苦しみに一人で耐え、一人で生きていくしかないと思いました。

「もう生きていても仕方ない」。何度こう思ったかしれません。最初の1カ月ぐらいは、心理的な痛みだけでなく、叫び声を上げたくなるような肉体的な痛みも繰り返し感じました。3カ月ほど経つと、少しずつ回復の兆しが見え始めました。妻が天国から見て悲しんでいるに違いないと考えるようになり、気持ちを切り替えるよう心掛けたのです。悲しみが癒えることはありません。でも、時間とともに和らいではいく。時の流れに身を任せればいい。そう思えるようになったのです。以後、心の回復はおよそ3カ月ごとに変化を遂げていったように思います。

医学には、がんなどで家族を失った人の悲しみを癒やす「グリーフケア」という学問があります。私が感じた肉体的な痛みも研究対象になっています。精神的な苦しみをいかに浅くするか、期間を短くするか。心理療法士や精神科医が悩みを聞くとともに、睡眠薬や軽い抗うつ剤を処方するなど、さまざまなケアの方法が考えられています。欧米、特に米国では実際に盛んに行われています。

 一方、日本では患者が死亡すると医療は終わりです。しかし、医師は病室で見ていれば想像できます。夫婦仲がよく、一生懸命看病した夫や妻が亡くなった後、残された配偶者がどれだけつらい思いをしているか。医療の必要性を感じますが、手つかずです。難しいテーマですが、私も勉強して日本でグリーフケアを広めていければと思っています。

週刊東洋経済編集部
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