出産を控えている彰子様は白い御帳台のある部屋に移され、そこでせわしなく動き回る女房たちもまた、白い装束を身にまとい、周り一面がぱっと明るい。
出産前後の出来事を中心とした部分に絞って、そこに現れている色彩をテーマとした研究がいくつか発表されているが、なんと「白」が30回以上言及されているようだ。女房たちのその輝かしい姿形がみるみると周りの空間を変容させ、そのことからも彼女らが果たしていた役割の重要性が暗示される。
引用文では、内装、服装と白粉がしっかりと塗られている顔が大きなキャンバスとなり、それを背景に女性たちの黒髮が際立ち、墨絵を彷彿させる模様を作り出す。冒頭と同様に、紫式部はここもまた、言葉を通して1つの「絵」を作っている。
1つひとつがきちんと計算されている
さらに、作者の視線は、同僚の1人ひとりに着目してゆく。空間の外から、中、グループから個々人にというふうに女たちの理想をフル尺で描いているのだ。
(彰子様の)御前から局に下がる途中で、宰相の君の局の戸口を覗いてみると、彼女がちょうど昼寝をしているところだった。萩、紫苑、色々とりどりの衣を中に着て、色が濃いめの、光沢のある上着を羽織っていた。硯の箱を枕にして横たわり、顔はすっぽりと衣服に埋もれているが、額だげ少し覗いていて、とても可愛らしい。絵に描いたお姫様のようだ。彼女の顔を覆っていた衣類を取り除き、「物語のヒロインみたいだよ!」と言った。
「絵に描きたる」、という表現からわかるように、この段落も女房の日常の1つのスナップショットになっている。
宰相の君のかわいらしい姿はとても瑞々しく、リアリティーに富んで、かすかな寝息まで感じられるほどだ。自然体のままでいてもなお、要素の1つひとつがきちんと計算されている。
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