とはいえ。
落ち込んだところでないものはないんだよ!
となれば、悩んだって仕方がない。とりあえずは「深く考えない」「見て見ぬフリ」という消極的作戦で事態をやり過ごすことにしたのである。
本当に新しい洋服を買いたいと思わない?
そんなある日、おしゃれなファッション誌の編集部から、こんな私の「持たないライフ」を取材したいという依頼があった。なんだか面白そうなので受けてみることにした。
ファッション誌であるからして、当然質問は「服」のことに集中した。モノがなくても案外どうってことないし、むしろラクで快適という私の話に一応は頷いてくださるのだが、こと服に関しては「でも」と食い下がってくる。
「そうは言ってもですね、やっぱり時々は、新しい洋服が買いたいなーとか思うこと、本当に本当に、全然ないんですか?」
そうですよね。当然の質問だ。何しろ相手はオシャレな着こなしを読者に提案する雑誌。そこで「モノなんて(服なんて)いらない」と発言するのだから、よほどの説得力がなければ掲載する価値もあるまい。
だが、困った。何しろ肝心の私はといえば、確かに服を減らしてラクに生活しているものの、人様に「オシャレを辞めた」と認定された人間である。服が少ないせいでキラキラに背を向けて生きざるをえなくなった人間である。その惨めさを見て見ぬ振りをしてやり過ごしている人間である。
しかしこう正面から聞かれては、見て見ぬ振りなどできなかった。どうなんだ私。本当に、新しい洋服が買いたいなーとか思うことは全然ないと言い切れるのだろうか……?
姿勢を正し、真面目に想像してみる。
もう何カ月も覗いたことのないセレクトショップに行き、新作の並んだきらびやかな懐かしいラックを見て回り、気になったものを手にとって鏡の前であれこれ合わせてみる私ーー。
そして気になるものを試着して、あ、なかなかいいじゃない、うん、これ買います! と潔く決断して店員さんとニッコリ笑顔を交わし合うという、過去何十年にもわたって数え切れないほど繰り返してきたウキウキわくわくする行為を久しぶりに実行する私ーー。
それを私、やっぱり時々はやりたいのだろうか?
胸に手を当てて考えた結果、私は自分でも驚くべき結論に達した。
私はもう全く、そんなことをしたいとは思わなかったのだ。どう想像してみても、大げさでもなんでもなく、1ミリも心が揺れることはなかった。
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