「甲子園での肩の酷使」は禁止しよう キュラソー式野球は、「楽しんで上達する」

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1995年、ランドルは弟の応援に来日した。2~3カ月をすごした中で、六本木交差点からタクシーで15分の距離にある千駄ヶ谷小学校まで行ってほしいと説明したが、運転手とうまくコミュニケーションを取れず、30分以上かかったことをよく覚えている。

ランドルは様々な野球チームの練習を見学し、日本人の姿勢に感動した。「日本のリトルリーグは常にパワフルなチームを世界大会に送り込んでくるから、興味を抱いていた。日本で練習を見て感じたのは、試合のための規律を持ち、試合の勝ち方を学んでいることだ。最も学んだことの一つが、UNITYだ。みんながひとつになって働き、それが大きな力を作り出す。そういうやり方を俺は気に入っている」

ランドルは帰国後、打撃練習に日本式の規律を取り入れた。キュラソー島民の誰もが打撃を大好きで、練習に来た少年は「バッティングをしたい」と言ってくるという。ランドルはそうした意欲を、キュラソー人の長所だと考えている。

キュラソーの少年が楽しみながら打撃力アップを果たす上で、日本式の規律が役立つととランドルは考えた。

「右打ちの子どもは、左に引っ張るのが大好きだ。でも、いろんな方向に打てるようにならなければならない。アウトコースとインコースのボールでは、打つ方向を変えるべきだ。だからいろんなドリルを使いながら教えて、右にも打てるようにしている。アンドリュー・ジョーンズやココ・バレンティン(ヤクルト)はどの方向にもホームランを打てるから、彼らの映像を使って教えることもある。子どもたちにとって、様々な方向に打つのは決して簡単ではない。だが、左に打つのと同じパワーを使ってセンターから右に打てれば、素晴らしいバッターになることができる」

日本の一般的な考え方として、規律は勝つために必要とされている。だが指導者によって枠組みを設けられることで、選手にとって成長への足かせとなることもある。

野球解説者で侍ジャパン15U(15歳以下)代表の監督を務める鹿取義隆によると、少年野球のコーチには、背の低い少年に対し、一死2塁のような場面では1、2塁間にゴロを打つように指導する者が少なくない。そうすれば、走者が3塁に進めるからだ。だが目の前の些細な結果だけを求められ、小さくまとまるような打撃を強いられる少年は、果たして楽しいと感じるだろうか。東京の強豪・日大三高野球部を率いる小倉全由は高校時代にそうした指導をされたことで打撃が嫌になり、自身が指導者になると、少年たちに思い切りスイングするように話した。楽しみながら打撃練習することで、日大三高は全国屈指の打力を持つチームと認識されるようになった。

楽しみながら上手くなれるようにする

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ボナンにある少年チーム「トライセロ」のシニアチームでは、少年たちが将来のメジャーリーガーを夢見て楽しく練習している

ランドルが説く、キュラソー式も同じことだ。子どもたちが野球を楽しみながら上手くなれるように、規律を用いる。結果的に、それが打撃力向上につながっていく。そうした発想が、ジョーンズやバレンティンのようにスケールの大きな選手を育む背景にあるのだ。

打撃話を交わしていると、ランドルが誇らしげな顔で言った。「すべての方向に打つことは、メジャーリーグで成功するために必要になんだ。そういった文化を我々は持っている。それと、キュラソーから優秀な選手が生まれる理由はコーチだ。教えることで収入を得ているわけではないが、子どもたちに上手くなってほしいから、真剣に教えている。そうした姿勢こそ、キュラソー野球界の強みだ」。

上手くなってほしいから真剣に教えるのか、勝たせたいから懸命に指導するのか――。両者は、見ている先が決定的に異なっている

日本とキュラソーでは置かれた環境がまるで異なり、価値観が違うのは当然だ。しかし、底抜けの笑顔でプレーしているジョーンズやバレンティンを見ると、やはり、日本人にも野球を楽しんでプレーしてほしいと思う。=一部敬称略=

(撮影:龍フェルケル)

中島 大輔 スポーツライター

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なかじま だいすけ / Daisuke Nakajima

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。2005年夏、セルティックに移籍した中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に野球界の根深い構造問題を描いた「野球消滅」。「中南米野球はなぜ強いのか」(亜紀書房)で第28回ミズノスポーツライター賞の優秀賞。NewsPicksのスポーツ記事を担当。文春野球で西武の監督代行を務める。

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