50代で「定年前転職」を選んだ人の切実な本音 「定年70歳時代」をあなたはどう生きるか

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岐阜県高山市に生まれた西村さんは、信州大学農学部を卒業し、1988年に大洋薬品工業(現・武田テバファーマ)に就職します。10年後の1998年、新聞求人欄で見つけた外資系企業に転職。臨床試験の手配などで病院を回りました。

自然とマネジャーになり、10人ほど部下を抱えますが、「管理職はつまらない」とヤンセンファーマに移ったのが2002年のこと。給料は下がっても、現場を回ることを望んだのです。それでも年齢を重ねると、管理職は避けられません。また部下を持つマネジャーになり、2014年10月には研究開発本部で部長職に昇進します。

その頃、会社の指示で英会話学校に通い始めた西村さん。そこで講師を務める南アフリカ出身の60代男性に、こう言われます。

「毎朝、むすっと黙って満員電車に揺られて、お前たち日本人は幸せなのか?」

西村さんは、この一言から自身の仕事と人生について、考えを巡らすようになりました。

限界集落への移住

30年に及ぶ製薬会社勤務のキャリアに別れを告げる──。退職を決意した西村さんの脳裏には、少し前に見た光景が浮かんでいました。ドライブで訪れた新潟県十日町市の棚田です。雪国の山間部の傾斜地に、階段状に広がる水田。棚田は美しい田園風景を織りなし、人気の観光スポットになっています。しかし、その耕作に並々ならぬ時間と労力を要することは、あまり知られていません。

西村さんは、都内で開かれた「地域おこし協力隊」の募集イベントで、十日町市のブースを訪れました。「地域おこし協力隊」とは、都市部の若者などに地方に移住・活動してもらい、定住につなげようと総務省が2009年度から始めた事業です。国の補助を受けた自治体が「隊員」を募ります。2019年度の隊員数は、全国1071の自治体で5349人。そのうち7割が20~30代で、50~60代は約1割にすぎません(総務省による)。

西村さんがのぞいた十日町市のブースは若い人でにぎわっており、自分でなくてもよい感じがしたといいます。手持ちぶさたにしていると、突然、声をかけられました。

『老後レス社会 死ぬまで働かないと生活できない時代』(書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします )

「農業やりたい?」

声の主は、十日町市に隣接する魚沼市の職員でした。西村さんに、同市福山新田地区への移住を勧めます。福山新田は魚沼市の中心部から車で約40分の山あいにあり、住民約130人の半数以上を65歳以上が占める、いわゆる「限界集落」です。

自分を試すなら、中途半端な場所よりいい。西村さんはそう考え、退職から間もない2017年4月に移住しました。その春から稲の無農薬栽培に挑みます。

「地域おこし協力隊」隊員の任期は2020年3月末で終わりを迎えました。しかし西村さんは集落に残り、新たに魚沼市と「地域おこしアドバイザー」の契約を結んで、他の地区も含めた市への移住希望者をサポートすることになりました。

西村さんには、政府や企業がとなえる「働き方改革」の視野が狭すぎるように思えてならないそうです。そして、このように言います。

「問われているのは『働き方改革』ではなく『生き方改革』ではないか」

朝日新聞特別取材班
あさひしんぶんとくべつしゅざいはん

格差と超高齢化によって、人生後半の生き方、そして働き方が大きく変わろうとしている。その現在地を報じようと、各部の一線記者が集まった。未曽有の少子高齢化・人口減少問題に取り組む長期企画「エイジングニッポン」の一環として、2019年に「老後レス時代」シリーズの取材を開始。就職氷河期世代を「ロストジェネレーション」と名付けた同紙の企画とも連動している。執筆陣は総勢9人。

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