チェルノブイリ被災者との会話で得たある視点 本を読んで予想した事はだいたい裏切られる

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言葉から想像したものは経験で裏切られる。けれど経験したあとだとたしかに事前に言われていたとおりだったとわかる。

さらに話を広げれば、この逆説は、人生とはなにかとか、真実とはなにかとかについて、多くのことを教えてくれるように思います。ぼくたちは言葉でコミュニケーションするしかない。言葉で説得し、議論し、後世に伝えるほかないんだけど、同時にそれでは大切なことはなにも伝わらない。

その限界をわかっていないと、無駄な「論争」ばかりすることになる。これは現代的な問題であるとともに、哲学の起源にもあった問題です。ソクラテスは、言葉を記録すると真理はかえって伝わらないと考えたので、本を書かなかった。にもかかわらず、そんな彼も、結局は反対派によって言いがかりのような告発を受け、死刑を宣告されました。

言葉の力にも疑いを持つ

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そういう点では、チェルノブイリツアーは、小さいながらも、ゲンロンの原点というか哲学の原点に触れている企画でもあります。

ゲンロンは、言葉の力を信じている会社だけど、同時に言葉の力をとても疑っている会社でもある。「観光」でその両義性を体験してほしいんです。

おかげさまで、チェルノブイリツアーは、2013年以降もほぼ1年に1回のペースで続けることができています。ゲンロンは、5回のツアーで100人以上の日本人をチェルノブイリ原発に連れていった会社でもあります。そういう実践を積み重ねていることが、ぼくには「論争」よりも大事です。

東 浩紀 批評家・作家

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あずま ひろき / Hiroki Azuma

1971年東京生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。株式会社ゲンロン創業者。同社発行『ゲンロン』編集長。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(1998年、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(2001年)、『クォンタム・ファミリーズ』(2009年、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志 2.0』(2011年)、『弱いつながり』(2014年、紀伊國屋じんぶん大賞2015「大賞」)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(2017年、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『哲学の誤配』(2020年)ほか多数。対談集に『新対話篇』(2020年)がある。

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