
今回は2浪して明治学院大学に進んだ後、商社、セラミックスメーカーを経て、現在は学習塾を経営している藤野雄太さんにお話を伺いました。
ずっと早稲田に行きたかった

今回お話を伺った藤野さんは、2浪して明治学院大学に進学された方です。
小さい頃から早稲田大学OBの父親のもとで、早稲田の素晴らしいところを聞いていた藤野さんは、自身も浪人で早稲田を目指しました。
よき恩師と出会ったこともあり、成績も伸びた藤野さんでしたが、2浪目の受験で失敗を犯してしまったこともあり、早稲田には合格できませんでした。
それでも現在はその経験から得られるものがあったといいます。
彼の浪人の失敗とは。浪人を経て彼が得たものとは何だったのか。話を伺いました。
藤野さんは、早稲田を出て出版社に勤務する父親と、主婦の母親のもと、東京都新宿区高田馬場に生まれました。
「父親は編集者で、大学の教科書を作る仕事をしていました。早稲田大学に近い場所だったということもあり、教科書の著者であった早稲田の先生がよく家に来る環境でしたね」
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