チェルノブイリ被災者との会話で得たある視点 本を読んで予想した事はだいたい裏切られる

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というのも、現地では、「あれ、これって事前のイメージとちがうな」と戸惑う経験がたくさんあったからです。『チェルノブイリ』には、その戸惑いが正直に刻まれています。

たとえば、ぼくたちの取材チームを案内してくれたアクティビストのアレクサンドル・シロタさんという方がいます。彼はチェルノブイリ原発近くの街で、いまは完全に廃墟になっているプリピャチに住んでいて、9歳のときに被災しました。その後も後遺症で病院に通っているといいます。日本のテレビでもときどき紹介されているひとです。

ぼくたちはその知識を前提にお会いしたのですが、じっさいのシロタさんはスキンヘッドで体格もよく、きれいな奥さんと娘さんがいて、田舎暮らしをエンジョイしている明るいひとでした。原発事故の被災者だからといって、その後ずっと不幸な人生を歩んでいるわけじゃない。

取材を通じて得た意外な情報

それでも、ひとはなかなか先入観から離れられない。ひとつ笑い話を紹介しますが、シロタさんは、取材でとにかくお母さんの話ばかりしていたんですね。お母さんは詩人で、事故当時プリピャチの劇場で俳優もやっていた。

いろいろ思い出を語り、当時の写真も見せてくれるわけです。ぼくたち取材班は当然、「お母さんは原発事故の後遺症かなにかで亡くなったんだな」と考えていました。

ところが、彼とまるまる2日間を一緒に過ごして、プリピャチの廃墟も案内してもらい、最後にお別れというときになって、「ところでうちのママなんだけど、Facebook やっているからフォローしといて」と言うのです。

「えっ、Facebook やってんの! ?」とぼくたちは大いに衝撃を受けた。でもよく考えたら、シロタさんはお母さんが亡くなっているなんていちども言わなかった。熱心に取材しているつもりだったけど、肝心なところが抜け落ちていたのです。

この経験で、取材とはむずかしいものだと痛感しました。言葉というのは貧しいもので、いくら根掘り葉掘り聞いたつもりでも、現実のごく一部しか切り取ることができない。残りの広大な空間は想像で埋めているのだけど、先入観はそこに宿っていて、それを切り崩していかないといい取材にはならない。

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