元野球選手「ウーバー配達員」経て見つけた天職 後輩のために現役引退後の道しるべを作る
新たな挑戦に向けて着々と準備をしていた頃、祖父の容体が急変する。そして、トライアウト本番6日前に祖父は天に召された。しかし、トライアウトでは結果が出なかった。4打席で無安打。友永を獲得する球団は現れなかった。その後、NPBとは別組織が運営するワールドトライアウトに参加した。それは自らの「引退試合」を家族に披露するためだったという。
「NPBのトライアウトで結果が出なかった。応援してくれた家族に心配をかけたくなかったから気丈に振る舞ったけど、母がとても悔しそうな気持ちでいることはすぐに理解しました。
そこで、せっかくもう1つの機会があるのなら、『球界復帰のために』ではなく、『家族のために』、もう一度舞台に立とう。家族のためだけの舞台に立とう。そんな思いでワールドトライアウトを受験することにしました」
11月30日、神宮球場で行われたワールドトライアウトにおいて、友永は2試合に出場、4打点を挙げる活躍を見せた。最後の打席では右中間を破る三塁打を放った。その雄姿をスタンドから家族が見守っていた。
「最後の打席に入るとき、肩の力が抜けていたのか、変な緊張感もなく、自分でも楽しみながら打席に向かっていたら、急に視野が開けました。そのとき、スタンドにいる家族の姿が目に入りました。最後の三塁打は家族みんなで打たせてくれたものだと思います」
本人も家族も、「これが現役最後の打席だ」ということは重々理解していた。そして、この場面で友永は見事な三塁打を放った。「お疲れさまでした」という母の言葉に、すべてが報われた気がした。見事に有終の美を飾った。これでもう何も思い残すことはない。堂々と胸を張って、第2の人生を歩み始めよう。しかし、ここでも新たな試練に見舞われる。世界中で猛威を振るった新型コロナウイルスだった。
「いつかは起業したい」貪欲に人と会った
「現役時代、僕は引退後のセカンドライフ、セカンドビジネスへの不安を感じながらプレーしていました。でも、今の現役選手たちにはそんな不安を感じながらプレーはしてほしくない。現役引退を決めたとき、こんな思いが僕にはありました。
具体的に何も決まっていなかったけど、僕が先にいろんなことを経験して、『後輩たちが安心して引退できるような道しるべを作りたい』という思いが芽生え、『いつか起業したい』と考えるようになっていました」
こんな考えの下、友永はさまざまな職種の人々に積極的に会う機会を自ら作った。現役時代、ファンと触れ合うことを嫌がったり、支援者と会うことを億劫に思う先輩の姿を見ていた。その気持ちもわからなくはない。
しかし、第2の人生において頼れるのは「人」だった。「面倒くさいから会いたくない」という考えでは、誰も自分のことを気にかけてくれない。視野を広げるチャンスも得られない。友永は貪欲だった。