「脳腫瘍で別人格」40代男性を支えた妻の受難 夫の介護と子育てをしながら公務員になった

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現在71歳の母親は、身体は弱いが頭はしっかりしている。新田さんが珍しく弱音を吐くと、母親は言った。

「あなたにまだ夫を愛する気持ちがあるなら、希望どおり別居してあげたら? それがあなたにできる最後の優しさじゃない? もし離婚するなら、姻族関係終了届を出して、義理のお家とは完全に縁を切りなさい。私があなたならとっくの昔に離婚してるでしょうけど、あなたは昔から我慢強いから……」

新田さんは、はっとした。

「『私は今まで何にこだわっていたんだろう?』と思いました。私は今まで夫を心配なあまり、『私が面倒を見なければ!』と思い込んでいて、夫にとっては重荷になっていたのかもしれません。『離婚したい』と言う人の介護をし続けるのも精神的にしんどいですし、1人で介護を続けることに限界を感じてもいます。

今、私にできることは、障害福祉サービスの手続きをし、夫が望む別居に向けて環境を整えて、夫が1人でも暮らしていけるようにすること。夫にも私にも希望が持てる未来につなぐことではないかと考え始めました」

1人で抱え込まないために

新田さんは、障害福祉サービス利用のための手続きを進めた。しかし、「障害者数に対してサービスを提供できる事業所や人が少なく、順番待ちになるため、サービスを受けるまでかなり待つことになります」と言われる。「介護保険なら待ち時間が少ないので、旦那さんに高齢に起因する疾患がないか確認してみてください」とのこと。

障害者の福祉サービスは、高齢者の介護よりも整備が遅れているようだ。

「私の生きる支えになったのは、2人の娘でした。娘たちの父親だから、介護し続けられたのだと思います。高次脳機能障害の介護は人によって違いますが、夫の場合は暴言・暴力が激しく、感謝されることがほぼないため、介護の負担が重く感じます。

でも、親やきょうだいなど、周囲の人が介護している人のつらさ・苦しさを理解して、共感や感謝、ねぎらいの気持ちを持ってくれていたら、負担感は全然違ってくると思うのです」

ダブルケアの多くのキーパーソンは孤独だ。

「介護をしていて感じるのは、共感してくれる存在の大切さです。人とのつながり、地域とのつながりをもっと大切にすべきだったと今頃になって感じています。介護は長期戦です。私のように1人で抱え込んでいると、いずれ破綻します。1人で抱え込むのがいちばん危険です。今すぐにでも、信頼できる人に相談したり、福祉サービスを利用したり、周りの人の力を借りてください」

新田さんは、自分と夫と娘たちにとって明るい未来を模索している。

旦木 瑞穂 ライター・グラフィックデザイナー

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たんぎ みずほ / Mizuho Tangi

愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する記事の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。

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