iPhoneの絶妙なデザインの裏に透けるこだわり ジョブズは大量生産の工業製品で美を体現した

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「顧客の真のニーズを満たす製品を作れ」HPのCEOジョン・ヤング(当時)。1989年9月27日(撮影:小平 尚典)

ジョブズの趣味はもっと控えめで、華美を誇張することを嫌った。いくら大金持ちになっても派手に走ることがなく、室内も質素だったようだ。なにより奇抜さを嫌い、1991年にローリーン・パウエルと結婚してから住んだ家は、パロ・アルト旧市街のこぢんまりとした家で、決して巨大で個性的な邸宅ではなかったという。

バング&オルフセンやリンソンデックのオーディオ機器、ベーゼンドルファーのピアノ、アンセル・アダムスのプラチナ・プリントといった趣味も悪くない。いずれもシックで、遊びの中に真剣さを感じさせるプロダクトや作品である。

不思議なのは、こうした個人的な好みや趣味やセンスを、彼の場合は大量生産される工業製品の中に持ち込んだことだ。極めてまれなことと言っていいだろう。奇跡的と言ってもいいかもしれない。

大量生産可能な工業製品について知るためにティファニーのグラスなどを研究したというが、そういう問題ではないだろう。どんな魔法を使ったのかわからないが、とにかくパーソナル・コンピューターや携帯電話といったガジェットに、彼は「スティーブ・ジョブズ」という1つの個性を持ち込んだ。そのような形で現れるのが、アーティストとしてのジョブズなのである。それは作家性と言ってもいいだろう。

考えてみよう。デル・コンピューターにマイケル・デルの作家性を感じるだろうか? HPのコンピュータに表現者としてのデイブ・パッカードやビル・ヒューレットの存在を感じるだろうか? Windowsをはじめとするマイクロソフトの製品に、ビル・ゲイツの作家性を感じることはないし、アマゾンにジェフ・ベゾスの思想性は感じない。アマゾンに感じるのは徹底した無思想性だ。それはそれで個性的だが。

たしかにテスラという高級車には、イーロン・マスクの作家性が感じられないことはない。しかし1台が数百万円、場合によって1000万円以上もする電気自動車は、一部の人たちのぜいたくな嗜好品と言っていい。一方、PCやスマートフォンやタブレットは何十億もの人たちが使っているコモディティーである。そのなかにあってジョブズが関わった製品は、どれも際立った作家性を感じさせる。

ジョブズが世に送り出した製品には文体がある

大量生産される工業製品の中に、いかにして彼はアーティスティックなものを持ち込んだのか。誰もが手にするガジェットに感じられる統一感のあるトーン、「文体」はどこからやって来るのだろう。そう、ジョブズが世に送り出した製品には文体がある。

とくにiPodやiPhoneやiPadなどは、数行を読んだだけですぐにわかるような強い文体をもっている。

青白い炎を思わせる文体は美しく、美しさの中に陰影がある。明るさの中に漂う悲しみがある。はしゃぎまわっていた子どもがふと塞ぎ込むような、デリケートで繊細な感じがある。こうした文体がどこからやって来たのか、またどこへ向かおうとしているのか。それをうまく言葉にできれば、僕たちはジョブズという人間に少し近づいたことになるだろう。

第9回に続く)

片山 恭一 作家

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かたやま きょういち / Kyoichi Katayama

1959年愛媛県生まれ。九州大学卒。同大学院博士課程中退。『世界の中心で、愛をさけぶ』など著書多数。公式HP「セカチュー・ヴォイス」(http://katayamakyoichi.com)

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小平 尚典 報道写真家

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こひら なおのり / Naonori Kohira

1954年北九州市小倉北区生まれ。 日本大学芸術学部写真学科卒業後渡英し社会派写真家としてデビュー。新潮社『FOCUS』創刊メンバー、御巣鷹山JAL墜落事故写真集「4/524」を新潮社から出版。1987年から米国西海岸に移住。ロングインパクトのIT革命の時代を担うPCビジョナリーを取材。ビル・ゲイツやジョブスらを中心に新しく生まれたイノベーションを多目的に検証し、「Silicon Road」「e-face」を制作。2021年スタンフォード大学ライブラリーに全写真作品がセレクトされた。現在は東京在住。公益社団法人日本写真家協会会員、早稲田大学理工学部非常勤講師。(http://nkohira.shopdb.jp/profile.html

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