「国債は国民の資産だ」と叫ぶ人に教えたいこと 出口治明・権丈善一「日本の財政がこじれる訳」

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財政赤字や公的債務の急増、税収の減少ーー。コロナ禍は財務省や国税庁を取り巻く環境を激変させている(写真:かわこ / PIXTA)
2000年代に「給付カット」を叫ぶ緊縮財政派が猛威を振るったのに対し、昨今は「国債はいくらでも刷っていい」という超拡張財政派がSNS上で大手を振って歩いている。歴史は極端から極端へ振り子が振れがちだ。立命館アジア太平洋大学の出口治明学長と慶應義塾大学の権丈善一教授は、そうした状況に待ったをかける。
白熱の対談後編では、財政問題の基本的な考え方から始まり、コロナ対策やマイナンバー活用の課題など今後のあるべき方向性へ議論が進んだ(対談の前編は「『歴史好き』がいずれ来るコロナ後の時代を語る」(2020年8月20日配信)。

年金破綻論を否定したロジックと財政問題

――対談の後半は、所得の再分配政策や財政に話題を転じたいと思います。いま、9月末に期限を迎える雇用調整助成金の特例措置の延長が議論されていますね。

権丈善一(以下、権丈) コロナ禍で縮小した経済が相似形で元に戻ると想定するのと、そうでないのとでは政策のあり方が変わってくる。新型コロナの影響に加えて、この間のリモート化などライフスタイルの便利さを知った社会では、相似形では戻らないだろう。便利さというのは強い。多くの人たちの需要構造が変わる。そこがリーマンショックのときとは違う。雇用調整助成金に偏重するのではなく、労働力をはじめ、新たな需要構造に見合った供給へと生産要素のシフトがスムーズに行われる政策を期待したい。

――コロナ対策の巨額支出によって、世界や日本の財政に非常に大きなストレスがかかっています。こちらはどう考えますか。

権丈 財政を考えるとき、「あまり公的債務を大きくしておきたくないよね」ということが私の基本にある。話すと少し長くなるが説明しておきたい。

私は年金論で「将来は不確実で予測不可能だ」ということを議論の前提に置き、この点ではじめから他の研究者と大きく異なっていた。何が起こるかわからない将来においても高齢期の生活を保障するのが、公的年金保険制度だ。Maximin原理、つまり最悪の事態下で最善を保障する年金の財政方式とは何か。それは積み立て方式(給付が運用結果に連動する積み立て)なのか、賦課方式(給付が賃金に連動する仕送り方式)なのかという問いを立てたのが年金研究のスタートだった。

そして世の中みんなが「少子高齢化だから積み立て方式がよい」と言っていたときに、賦課方式のほうが目的を達成するための合目的的手段になると論じていた。当時は誰も理解してくれなかったが、2000年代に一世を風靡した年金破綻論がほぼ淘汰されつつあり、積み立て方式も少子高齢化の影響を受けることが理解されてきた今では、公的年金保険は賦課方式であるのが当然で、積立金は不確実性に対するバッファーの役割を果たすものという理解は広がってきた。

同じことが財政についても言える。私は財政が破綻するとは1回も書いたことがないのではないか。「将来は不確実」だという前提を置くと、政府が財政を維持していこうと努力していく中で、中・低所得者から高資産家・高所得者へ所得が逆に流れてしまう。

なぜなら、なんらかの理由で金利が上昇した場合、財政を持続させるためには、政府は増税か給付のカットを行い、そこから得たお金を国債費(元利払い費)に振り向けることになる。そこでは、高資産家・高所得者が金融機関などを通じてたくさん保有する国債などの金融資産を守るために、増税や給付カットが行われ、中・低所得者の生活に大きく影響することになる。

そうした社会は、高負担で中福祉、中負担だと低福祉になりかねず、私はそんな社会を避けたい。

――昨今SNSなどで増えている「国債は負債ではなく、国民の資産だ」との主張はどうですか。

権丈 確かに国債発行が国内資金で消化されているなら、国民の資産ではある。だが、「それは君の資産ではないかもな」ということだ。経済学は「代表的個人」という仮定を置き、モデルや論理を組み立てているが、国内に代表的個人1人しかいないのならば、国内でお金がグルグル回っているだけという夢物語は成り立つ。

だが、せめて「リッチ」と「プア」の2人くらいがいるモデルで考えないと分配問題は議論できない。リッチは国債を持っているが、プアは持っていない。にもかかわらず、「国債は国民の資産だ」と言って、みんなが国債は自分の資産だと考えているとすれば、経済学のワナにはまっている。ミドルが登場するモデルでも同じだ。

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