「国債は国民の資産だ」と叫ぶ人に教えたいこと 出口治明・権丈善一「日本の財政がこじれる訳」

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出口 今は技術的には、医療保険も年金も所得の捕捉も全部、マイナンバーでできるはずだ。

権丈 やろうと思えばできるし、やるべきだ。ただ、そうした話を誰かがフェイスブックに書いたりすると、「政府なんか信用できない」という反論がいっぱいコメントについていたりする。

「政府VS市民」という対立軸の設定は罪深い

出口 政府と市民が対立軸だという考え方自体が根本から間違っている。民主主義社会においては、政府はわれわれ市民が作るもので、政府はわれわれのエージェント(代理人)だ。「政府とは何か」という議論をメディアがきちんと行う必要があると思う。

権丈 政府は、便利に生きていくための道具だ。これをうまく利用しなかったら不自由な生活を強いられる。と同時に、スウェーデンなどではどうしてそこまで所得・資産情報をガラス張りにするのかといえば、「富裕層や政治家を見張るため」という感覚もある。

出口 そのとおりだ。マイナンバー制度をしっかり確立したら、悪い人が悪いことをできなくなる。なぜなら、お金がない人は悪いことをしようにもできない。お金をたくさん持っている人に悪いことをさせないためにマイナンバーが必要だが、それを、善良な市民が自分たちの少ない所得情報のプライバシー問題だと考えて、被害妄想的な話をしている。こうなってしまうのも、メディアの論点整理が悪いからだ。

権丈 メディアも富裕層にインタビューして、「プライバシーが問題だ」と報道しているという指摘もある。アングラマネーとか、銀行に隠し口座を持っているとか、はっきり言って一般市民には関係のない話だ。一般の市民に対して、「いやそうではなくて、社会保障ナンバーはあなたたちにとってお得です」と伝えるメディアがないことが、この国らしいといえばこの国らしい。

出口 一部の富裕層は、マイナンバーにおけるプライバシーは自分たちの問題だとは言わずに、一般市民のプライバシーや財産権の問題だとすりかえて、その陰で自分たちは悪いことをやっているわけだ。

権丈 私は、「グリーンカードの顛末を知っておこう」というキャンペーンを個人的にやっている(笑)。出口さんがビジネスマンとして現役バリバリのときにあった事件だが、1980年代初頭に当時の大平正芳内閣が金融商品の利子・配当所得を把握し、所得の総合課税を行うことを目的に、納税者番号制度(グリーンカード)を導入する法案を成立させた。ところが銀行や中小企業、政治家などから猛反発が起こって、いったん決まった法律がひっくり返されて廃止になってしまった。

出口 でも、それは今でもしょっちゅうある話ではありますね(笑)。

権丈 ただ、あそこまでひどい話は滅多にないでしょう(笑)。あのときは露骨に富裕層が政府の所得捕捉を潰した。これから先、コロナ禍以後も、支える側に回ることができる人たちにもお金を配っていくような制度をわれわれは本当に続けていくのか。グリーンカードの顛末は国民みんなで共有しようと言いたい(「総花的『公的支援給付』が生まれる歴史的背景」参照)。

出口 マイナンバーはマストだ。権丈さんの話を聴いてわかったのは、やはり政府は大事にせなあかんということだ。結局、コロナ禍のようなときに再分配できるのは政府しかない。われわれは選挙などを通じてしっかりした政府を作らなければならない。連合王国の経済学者ニコラス・バー(ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス教授)の名言にあるが、年金と一緒で、将来の再分配政策をいいものにするためには、「よい政府を作ることが決定的に大切」だ。

野村 明弘 東洋経済 解説部コラムニスト

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のむら あきひろ / Akihiro Nomura

編集局解説部長。日本経済や財政・年金・社会保障、金融政策を中心に担当。業界担当記者としては、通信・ITや自動車、金融などの担当を歴任。経済学や道徳哲学の勉強が好きで、イギリスのケンブリッジ経済学派を中心に古典を読みあさってきた。『週刊東洋経済』編集部時代には「行動経済学」「不確実性の経済学」「ピケティ完全理解」などの特集を執筆した。

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