7月から新型コロナの感染者が急増している。8月に入ってからは死者も増え始めた。こうした動きを受け、経済・社会活動を再び制限すべきとの声も聞かれる。しかし筆者は、現時点では特段の活動制限は不要と考えている。
政策を打ち出す際に最も重要なのは、総合的な視点である。経済・社会活動を制限すれば、たしかに新型コロナウイルスの感染予防に効果があるかもしれない。しかし、その代償としてさまざまな副作用をもたらす。リスクと副作用のバランスを考慮して政策を決めるのが本来あるべき姿だ。
ところが現在、日本人が目にする新型コロナ情報はウイルスの危険性に関するものが大半であり、活動制限の副作用に関する情報はほとんど示されていないのではないだろうか。しかし、さまざまな分野で見過ごせない副作用が着実に強まっている。新型コロナ感染のリスクだけを絶対視するのではなく、他のリスク・副作用と比較して相対化して考えることが求められている。
強毒でなく弱毒、制圧は困難だが共存できる
流行初期の1月から4月にかけて、新型コロナは強毒性で、感染予防策を講じなければ死者が急増するとの見方が一般的であった。「人と人の接触を8割減らさないと42万人が死亡する」という予想が代表例である。こうした見方を前提にすれば、どれだけ大きなコストを払ってでも感染を制圧することが政策の最優先事項となる。
ところが、第1波を振り返ると、新型コロナは強毒性ではなく、日本においては弱毒性の可能性が高まった。2つの切り口から相対化してみたい。
まず、他国との比較である。欧米諸国では都市封鎖(ロックダウン)といった厳しい活動制限を導入したが、新型コロナによる死者が年間死者の1割近くに達してしまった。一方、日本では4月に緊急事態宣言が発令されたとはいえ、その実態は自粛要請に基づく緩やかな活動制限であった。それにもかかわらず、人口比でみた死亡率は欧米諸国の100分の1から数十分の1にとどまった。
次に、他の死因と比較してみよう。われわれは日常生活でさまざまな死亡リスクに直面している。2018年の死因別の死者数をみると、交通事故が4595人、溺死が8021人、窒息が8876人、転倒・転落・墜落が9645人、自殺が2万0031人であった。これに対して、過去半年における新型コロナによる死者は約1000人である。
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