コアにはいろいろなものが含まれる。岩石あり粘土あり水ありガスあり生物あり。それぞれに専門の研究者がいるが、まず、目を光らせるのは生物系の研究者だ。深海生物の中には、空気を嫌う嫌気性の生物も多いため、早い段階でコアのどの部分を競り落とすかを判断する。時間が経つと拡散してしまうガス、零れてしまう水の研究者も同様だ。目視でコアの状態を見極める。
それが終わると、コアはラボのあるフロアへ送られ、CTスキャンに掛けられる。ちきゅうには、人間用のCTスキャン装置が乗っているのである。コアの内部が水っぽいか重い元素が詰まっているかはこれで確かめられる。
CTスキャン後は、生物・ガス・水の研究者がコアから必要な部分をゲット。その後、コアはかまぼこのような形に縦二つに割られ、片方は保管され、片方はワーキングに回される。ワーキングとは、決められたフローに沿った様々な測定だ。テクニシャンと呼ばれる測定の専門家が、組成や磁気など、基礎的なデータを記録していくのだ。
とりあえずの目視の後にざっくりとした測定をして応急措置をし、その後はルーティンワークに入っていくというのは、救急救命室と同じである。コアは鮮度が命なのだと思い知らされる。
そのルーティンワークの現場で、高井さんがお子様ランチの旗のようなものを手にしている。陣地取り用の旗である。基礎的なデータの測定が終わった半身のコアは、35人ほどの研究者の間でシェアされる。マグロに大トロ、中トロ、赤身があるように、コアにもいろいろな部位がある。ただ、マグロとは違い、コアごとにどこにどんなものがあるのかは異なる。各研究者は、自分の研究のためにこのコアからはどの部位をもらいたいか、つまようじをアレンジした手製の旗を掲げることで意志を表示するのである。その陣取り会議は、サンプリングパーティと呼ばれる。
このパーティでは狭い陣地を巡って研究者同士が火花を散らすこともある。裁定をするのは研究航海には一人しかいない主席研究者(複数いる場合は共同主席研究者たち)だ。主席の決定は絶対で争いごとなど起こらない、とはいかない。やはりそこは人間だ。
「仲が良かったはずの研究者同士が、長い航海が終わる頃にはほとんど言葉を交わさなくなることもありますよ」
ちきゅうに乗る研究者は、JAMSTECの研究者だけではない。日米欧からなる国際計画、IODPに参加している国の研究者が、行き先や目的の異なる研究航海ごとに我こそはと立候補し、選抜を勝ち抜いた者が乗船する。
乗員の国籍も言語もバックグラウンドもバラバラだ。もちろん航海全体の目的は共有されているが、それとは別に個人が胸に秘めた研究テーマも抱えている。その姿は、世界平和は尊重しつつも、自国の繁栄を犠牲にできない国家指導者と重なる。
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