最大震度7、マグニチュード(M)9.0を記録した地震から4日後、JAMSTECの「かいれい」という調査船が東北沖に向かった。すでに仙台沖のプレートの滑り量が大きいということはわかっていたし、動く前の地形のデータも持っていた。なので、実際にどれくらい大きく滑ったのかを、確かめに行ったのだ。すると、陸側のプレートが50メートルも動いたのではないかとあたりがついた。
M9クラスの地震で、50メートルも動くのは珍しい。2004年のスマトラ島沖地震(M9.1)や2010年のチリ地震(M8.8)では20から30メートルである。なぜ東北沖はすべりが大きいのか、特にプレートの先端部分が動いているのはどうしてなのか。
ほかと比べて動きすぎていることが、巨大な津波を起こしたに違いない。そこで、なぜ動きすぎるのかと、どれくらいの厚みの層が50メートルも動いたのかを調べるため、ちきゅうが東北沖へ向かった。ちきゅうは、まさに地球を穿つ深い穴を掘れる船である。
断層帯の最も動いたであろう先端部分から、コア(地層を円柱状に抜き出したもの)を採取した。そこには、ボロボロに破壊されている厚さ5メートルくらいの、スメクタイトという弱い粘土層があった。その薄くて弱い地層が、断層帯なのである。このスメクタイトは4000万年前の火山灰からできている。
薄くて弱いから、断層帯は動く。動くと、摩擦熱が発生する。そこに含まれる水は膨張し、断層帯をジャッキアップする格好になる。すると摩擦係数が下がり、断層はさらに動きやすくなる。
別の穴には、数珠つなぎにした55個の温度計をその中に入れて、9カ月間温度の変化を計った。この温度は、断層がずれたときの摩擦で生じた摩擦熱の残り、いわゆる残留摩擦熱である。残留摩擦熱が残っているうちにこの推移を観測することで、あのとき、何度まで上がったのかを逆算しようというわけだ。その結果は、摂氏1200度。水は爆発的に膨張したことが予測できる。ものすごいジャッキアップ力だ。
今回解明された断層帯の先端5メートルの厚みで50メートルも滑っていく現象は、「ダイナミックオーバーシュート」と呼ぶそうである。
戦場と化す「ちきゅう」
こうやってまとめて書いてしまうとあっさりしているが、コアを採取してからこういった結論を導き出すまでには、ちきゅう船上が戦場と化すような科学者の奮闘があるという。『微生物ハンター、深海を行く』(イースト・プレス)の著者でJAMSTECで一番有名な研究者である高井研さんにそのあたりを聞いてみることにした。
コアは海底から、長さ9.5メートルの筒に詰まった状態で船に引き上げられる。コアが不漁の際は、研究者はひたすら待機。ところが大漁となると1時間に1本のペースで水揚げされるため、てんてこ舞いとなる。
しかし、研究者は直接は水揚げには参加できない。ちきゅうの内部は厳密なエリアコントロールがされていて、ヘルメットとつなぎとゴーグル姿でないと入れない箇所、逆にその姿では入ってはいけない箇所、研究者は立ち入り禁止の場所などがしっかりと決められている。なので研究者は、水揚げされたコアが研究者も立ち入れるエリアに運ばれるのを今か今かと待ってから、仕事を開始する。
「それが、チンチン電車みたいにゆっくり運ばれてくるんですよ。もっと早くできないんですかね」――。高井さんはいささかお怒りの様子だ。なにしろ高井さんは生物系の研究者なのだ。
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