飲食店を「倒産」させるコロナより深刻な問題 NY名店オーナーが20年来の店をたたむ理由

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多くが閉店するのを見て、この数週間私がその誘惑にかられ続けているように、これを機に疲れ切ったベテランシェフが長年問題を抱えていた店舗の裏口から静かに立ち去ろうと決めたのではない、と確信できるだろうか。

事態はとてつもなく複雑だ。飲食店の経営者たちは妙に情報を出し惜しみする傾向にあり、互いに対しすぐに体裁を飾る。「景気はどう?」と尋ねられると、いつも「ああ、順調だよ。今までで最高の四半期だ」と答える。

みんな「火事だ!火事だ!」と叫び始めた

だが、コロナウイルスが大流行したとたん、同じ経営者たちが広場に押し寄せ、「火事だ ! 火事だ ! 」と叫んでいる。彼らもまたごくわずかな利益で経営していたということが今明らかになっている。状況は180度転換した。成功した著名シェフや大手チェーンのオーナー、そして必要に応じて出資してくれる極めて裕福な投資家を抱えている店でさえ、今やデータを提示し、自分たちの厳しい懐事情を細部まで公表している。かつて強く否定されていたものすべてを裏付ける、悲しい証拠が次々と上がってきているのだ。

コロナウイルスで世界中が同じ懸念を抱えている。私たちが親しんできた形のレストランはもはや続行不可能だ、と。下働きの料理人が時給15ドルで働いているのに、チップをもらう従業員を時給45ドルで雇うのは無理だ。イーストビレッジの場末のバーが月に1万80000ドルの家賃を払い、3万ドルの給料を支払っているだとしたら、そこらへんの安いビールでも3ドルで出すわけにいかない。10ドルは必要だ。私もそうだ。破れた日よけを修理する費用を捻出するために、自分でキッチンを腹ばいで掃除し続けることはできない。

プルーンがイーストビレッジにあるのは、私がイーストビレッジに住んでいるからだ。月450ドルでアパートが借りられる場所だったから引っ越してきた。1999年にオープンした頃は、同ブロックにある少し先のテナントビルの屋上で鳴く鶏の声で毎朝目を覚ましていた。今はそのビルもモダンな高層ビルに変わった。500平方フィートもないワンルームの家賃は月3810ドルだという。

店を閉めた最初の日、ブランチはやっていないのかと電話してきた彼女は、おそらくそこに住んでいる。以前はいつでもどこでも呼ばれればやってくるウーバーを使って2週間ごとに手足のネイルを変え、自転車のハンドルに鍋つかみをつけてみぞれの中配達にやってくる高級タイ料理をよく出前していた。だが、その彼女でさえブラッディ・マリーが1杯28ドルしたら激怒するに違いない。

過去10年間、市民のための穏やかで愛すべきレストランが、いわば手におえない巨大な野獣へと変貌するのを警戒しつつ凝視してきた。飲食業界は私が深く関わっていくにつれ、どんどん奇妙になっていた。「ウエーター」は「サーバー」になり(編注:サーバーには性的区別がない)、「レストラン事業」は「サービス業界」になった。「顧客」は「ゲスト」に、「個性」と言われていたものは、「ブランド」になった。ちょっとした親切や自分の得意なことを互いに共有しあうこと、そして他人への気配りですら「マネタイズ」の対象となってしまった。

おいしくておもしろい料理を作り、その後片付けをするという仕事自体には、今でも新鮮かつ素直な気持ちを持っているし、大きなやりがいを感じている。愛すべき常連たちやプルーンで働くスタッフは、今でも私がこの世で一番好きな人たちだ。しかし、問題はおそらくうぬぼれた、風変りな好みの食通気取り、小売業やサービス業で働いたことのないこの街の新たな層だ。レストランそのものを“食い物”にしているのはおそらくそれに付帯する産業だ。

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