コロナ禍の墨田区、「地場製布マスク」に活路 メリヤス産業の歴史生かし、和紙製マスクも

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和紙に着目したのには理由がある。同社は3年をかけて和紙を原材料としたシャツを開発。2020年1月にイタリア・フィレンツェで開催されたアパレル製品の見本市に次世代のサステナブル素材の製品として出品した。ところがその直後に新型コロナウイルスの大流行が起き、発売のタイミングを逃してしまった。

余った生地を用いて何か作れないか。その時に思いついたのが当時、品不足が深刻化していたマスクだった。「最初、80枚ほど作って希望者に配ったところ、大好評を博した。これはニーズがあると考えて本格的に取り組むことを決めた」(國分氏)。

夏場の「魔の谷」を乗り越えられるか

和紙製のマスクは吸湿性と保湿性に優れている(写真:和興)

和紙製のマスクは吸湿性と保湿性に優れている。蒸し暑い夏には湿気を吸収し、乾燥する冬に湿気を放出する和紙は、日本家屋で使用される障子やふすまと同じく「天然のエアコン」のような働きを持つという。また、多孔質の繊維は抗菌性や消臭性にも優れている。専門評価機関に委託して試験したところ、「特に抗菌試験では綿の約8倍もの抗菌性が確認された」(國分氏)という。

和紙の原料となるマニラ麻は環境に優しい素材だ。苗を植えて約3年で生育し、水資源を多く必要としない。その一方で加工には高い技術力が必要で、和興では福井県の和紙メーカーや墨田区内の染色加工企業と連携して製品化にこぎつけた。

5月25日に全国レベルの緊急事態宣言が解除され、日本経済はどれだけ回復できるかが注目される。しかし、前出の小倉社長によれば、「これまで2カ月近くにわたって商談が途絶えていたので、6月は今までにないほど厳しい状況」だという。

夏場まで続く「魔の谷」を通過できたとしても、秋冬物で従来通りの注文が来る保証もない。それでも、小倉社長は「あきらめるという選択肢はない。創業者の祖父は東京大空襲ですべてを失ったが、再起を果たした。創業者の魂を受け継いできた僕らの代で家業を終わりにするわけにはいかない」と語る。

繊維工場のほとんどが海外に移転してしまった現在、国内の繊維メーカーは「絶滅危惧種」などと称される。しかし、そうした数少ない国内メーカーは独自のノウハウを持っており、コロナ禍を通じて構築した消費者との信頼を元に、新たな価値を提供している。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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