中村文則「僕は小説家だからこそ恐れずに言う」 安倍政権に疑念投げかける芥川賞作家の信条

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「今回の『逃亡者』は重くて長い? いや、僕のこれまでの作品と比べると、たぶん最近の中では随分読みやすいです。僕の読者さんなら楽勝です。だって僕は、純文学作家ですからね。僕がそんな甘ったるいわかりやすいもの書いたら、読者さんが怒りますよ」

中村は、自分の重厚な創作世界観は「発信側の、文化側の責任」なのだと言った。「たとえば音楽に政治を持ち込むなとか言う人がいますけど、ボブ・マーリーなんか聴いていれば、そんな言葉は出てこないですよ。それは日本の人々がこれまでそういったものにあまり触れてきておらず慣れていないというだけで、それは人々の責任じゃなくて、無害でわかりやすいものを多く供給してきた文化の責任だと思う」

中村文則は、若者を中心に男女問わず幅広い年齢層に支持され、いまや純文学作家でありながら”出せば確実に売れる”作家の1人だ。「僕は読者に恵まれています。だからこういった好きなものを、文学だけを考えて堂々と書いて出版できるのかもしれない(笑)。さすがにこのパンデミックの時に出す本がどれだけ広がるかはわかりませんが、少しでも書店の助けになりたいので、いま出すことができてよかった」。

『逃亡者』の見本が刷り上がったのは、まさに緊急事態宣言が発出されたその日だった。翌日、打ち合わせのために幻冬舎を訪れた中村は、各地の書店の営業状態を聞くうちに書店へのメッセージを直筆でしたため、それは多くの書店へと届けられたという。2度使うことで強調された「共に」という言葉にこそ、中村文則という作家の真髄があるのかもしれない。

内容がいいものをバズらせるという自負

情報の需要と供給という問題では、マスコミ関係者ならときに”数字を取るか、それとも内容の良さを取るか”と、自分の信条を曲げざるを得ない局面に立たされることもある。

緊急事態宣言下で営業縮小を迫られた多くの書店に向けて、中村は直筆でメッセージをしたためたという

「数字か内容か、なんて2択がそもそも違うと僕は思っています。本当に内容がいいものを広げればいいんじゃないですか。こういうのが受けるだろうと、法則に乗って書くものほどつまらないものはない。そういう作家もいるかもしれないけど、バズるのを目的としてやっていたら作家でいる意味がない。全然売れなそうな、でも内容のいい作品を広げると、世の中が公正世界仮説から外れて個人に優しい社会になっていく。僕はこれからもそうやっていこうとしています」

作家は、いっさいのてらいなく言った。「僕が小説家だからこう言うんですけれど、ビジネスマンの皆さんも、普段読まないものも読んだほうがいいかもしれないです。時間がないと自分が読みたいものだけを読むようになりますけど、時々ちょっと小説なんかも読んでみるとすごく新しい視野が開けてくる。どこにヒントがあるかわからないですからね。自分の興味の幅を限定していくと視野が狭くなることがある。本はたくさん読んでいると、内面に面白い海みたいなものができるんです。そこから色んなものが生まれるし、どんな職業でもその海はあって損はない。その面白い海みたいなものは特に純文学がいいと思うんです。個人に着目して、個人に寄り添うものを。ビジネスだって、相手は人ですからね」

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